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抵抗の果て(7)

2013 12 26
ドアを押し、堂々とした態度で入店した小野田は、以前と同じようなスーツ姿であった。そして、今日は黒色のハーフコートを身に着けている。

その外見は、やはり普通の会社員とは一線を画すように見えた。堅気の商売をしている男ではない。そんな匂いがほのかに漂っている。正則は改めてそう感じていた。

「また来たのかい、あんた。えらくしつこいねえ」
理髪店夫婦の意見を代弁するように、宮地がそう言った。ソファに座ったまま、彼を嫌悪するようにタバコの煙を吐き出す。

「店内でも吸っていいのかい?」
小野田は嬉しそうにつぶやきながら、遠慮を見せることなく、正則と宮地が座る場所に歩み寄る。そして自らのタバコに火をつけ、立ったまま店内を舐めるように見回す。

「相変わらず景気はよさそうだな」
皮肉めいた言葉を口にしながら、男の視線が店内で働く人妻の姿をとらえる。満足そうに笑みを浮かべる男の表情を、彼女の夫が見逃すことはなかった。

「小野田さん、今日はどういうご用件でしょうか」
「まあ、そう怖い顔しないでください、ご主人」

「何度来てもらっても我々の決心に変わりはありませんが・・・・・・」
「そうですかね」

宮地は黙ったままそこに座り、小野田の様子を凝視している。江利子もまた、客へのマッサージを熱心に与えるだけで、3人がいる方向に視線を投げようともしない。

まるで、小野田の来店に気付かぬような素振りで、高齢の男性客の世話に集中している。依然として立ったまま、小野田はそんな江利子の姿を見つめている。

「小野田さん、いったい今日は何の用件で・・・・・・・・」
正則がもう一度声をかける。小野田の視線に、妻の体を狙うような光が存在していることを感じながら。

「ご主人、今日は仕事で来たんじゃないんですよ」
「えっ?」

「髪を切ってもらおうかと思ってね」
「・・・・・・・・・・・」

「1人の客として扱ってもらいたいものだな、今日は」
「・・・・・・・・・・・」

小野田の言葉に、ずっと黙って聞いていた宮地が忌々しげに煙草を揉み消す。そして、その男を挑発するように、立ち上がる。正則がそれを制し、男に応える。

「わかりました。では、こちらへいらしていただけますか?」
「いや、そうじゃないんです、ご主人」

「えっ?」
「奥さんに切ってほしいんですよ、今日は」

「・・・・・・・・・・・・」
「そんな要求する客も多いんでしょう。私も是非それを体験したいと思いましてね」

小野田の台詞に、正則はすぐに反応することができなかった。彼の指摘通り、妻を指定する客は少なくなかった。週末などの繁忙時を除き、正則はできる限りその要求に応えていた。

金曜日の午後、徐々に客足は増えてくるだろうが、繁忙といえるほどの状況ではない。しかし、正則はすぐに決断ができなかった。先日、密室で妻に接近を図った男の要求なのだ。

この男にこれ以上妻に接近してもらいたくはない・・・・・・。しかし・・・・・・・・・・・・。

夫のそんな迷いを救ったのは、妻のほうだった。

「ではそちらでお待ちいただけますか?」
客のマッサージを終え、顔剃りを始めようとする江利子が、手元で泡立つシェービングブラシから視線を逸らすことなく、そう言った。小声だが、それは3人にはっきり届いた。

「さすがは奥さん。客に人気があるわけだ。では待たせてもらうとするか」
宮地の隣に腰を下ろし、小野田は目の前の週刊誌を手にし、ページをめくり始める。

正則も宮地も反論することができなかった。江利子本人がそれを認めているのだ。こうなった以上、小野田の要望通り、彼を客として取り扱うしかなかった。

その直後に、再びドアが動き、別の客が入ってきた。近所に住む常連客の一人だった。店内の硬い雰囲気に気付くことなく、彼は愛想を振りまきながら、正則を見つめる。

「あっ、いらっしゃいませ。さあどうぞ、こちらへ」
「えっ、いいのかい? こっちのお客さんは?」

ソファに座る小野田のことを見つめながら、客は正則にそう聞いた。だが、正則の態度に、客はすぐに状況を理解したようだった。また江利子待ちの客か、と。

新たな客への対応を正則が開始する。並んだ椅子に座った二人の客、そして夫婦の店員。少し離れたスペースから、その光景を小野田と宮地が見つめている。

二人に会話を交わす気配はない。ただ沈黙がそこに漂い、それを紛らすようにAMラジオのトークが店内に流れている。宮地は居座るつもりのようだったが、しばらくの後、変化が起きた。

「店長、少しお願いできますか?」
宮地の家電ショップでパートとして働く中年の女性が、わざわざこちらにやってきた。どうやら宮地自身に対応してほしい案件が発生してしまったようだった。

「仕方ないな・・・・・・・。じゃあ、ご主人、何かあったらいつでも教えてくれよ」
小野田に警告を与えるようにそう言い放つと、宮地は名残惜しそうに店を去った。その後ろ姿に正則は軽く会釈をするが、江利子は気に留める様子もなかった。

やがて、江利子の客が立ち上がり、満足そうに伸びをする。精算を済ませたその客に、江利子がかいがいしくコートを着せる。そんな人妻に客は声をかける。

「奥さんのマッサージ、いつも気持ちいいよ。ここに来ると若返るよ、わしは」
言葉を返すことなく、江利子は穏やかな笑みを浮かべて客を見送る。

素早く片づけを済ませようとする江利子の様子に、確かな緊張の気配が漂っていることを正則は感じる。だが、自らも客の調髪を進める彼に、妻の様子に気を配る余裕はあまりない。

「お待たせしました。どうぞ」
いつもと同じようなトーンで、江利子が小野田を招く。コートと上着を無造作に脱ぎ捨て、小野田が調髪台に向かう。普通にカットしてくれればいい、と短い要求を下しながら。

淡々とした様子で、江利子が小野田の髪を切り始める。鏡に映る人妻の姿を、客は鋭い視線で見つめる。その服の下に隠された見事な肉体を想像するような、いやらしい視線で。

学生らしい別の客が新たに入ってくる。正則はやがて、普段の勤務と同じような気分に包まれ、隣に小野田がいることを忘れ去っていく。小野田は沈黙を続けているだけだ。

カットを進める人妻の手、腕、そして肢体の一部が自らの体に触れることを感じ、小野田は決意を固めていく。上半身にまかれた髪除け用のケープの下で、組んでいた両手を解く。

さりげなくケープの下から右腕を差し出す。すぐ隣に、その人妻が立っている、熱心にすきばさみを動かす人妻の左太腿のあたりを、小野田は軽く撫でる。

隣で働く夫からは完全に死角となっている。ソファで待機する学生客は一心不乱に漫画を読んでいる。小野田は全てを確認し、次第に行動を大胆なものにしていく。

ジーンズに近い生地の黒色のパンツをはいた人妻の太腿の張りを堪能するように撫でながら、指先をその内側に伸ばす。そこを刺激した後、今度は外側から後方へと動かしていく。

ヒップを覆うように掴み、愛撫を与える。まるでそれに気づかぬように作業を進める人妻の表情を、男は鏡の中で観察する。そこに動揺の色は全くうかがえない。

完全に無視してやがる・・・・・・・・・・

人妻が自分の行為に、そんな態度で抵抗していることを知り、小野田は興奮を増す。人妻の豊満なヒップを更に揉み、正則の位置を確認するやいなや、素早く手を引っ込める。

「お客様、これぐらいでいかがですか?」
江利子がきわめてクールな口調で小野田に聞く。ほくそ笑みながら、小野田はそれを承諾する。

目の前の洗面台を開き、江利子が洗髪の準備を始める。促されるがまま、頭を前に倒した小野田は、その手をそこに立つ人妻の両脚の隙間に素早く滑り込ませる。

反応を示すことなく、江利子が小野田の髪のシャンプー処理を始める。人妻の指先が頭皮に触れることに刺激されるように、小野田は自らの手の責めを加速させる。

内腿をたっぷり愛撫し、少しずつ上方に動かしていく。人妻の長い脚を男は想像する。逃げようともしない人妻の腿の付け根辺りに手を伸ばし、くすぐるように指先を運動させる。

人妻の気配に変化はない。湯加減を聞いてくる声色に乱れもなければ、息遣いにもおかしな部分はない。男の責めを舐めきったように、全く逃げる素振りを見せようとしない。

奥さん、おとなしそうに見えて、大した女だな、あんた・・・・・・・・・・・・

洗髪を終えて起き上がった小野田は、髪を拭いてくれる人妻を見つめながら、心の中でそうつぶやく。人妻は客の視線を一切無視したままだ。

「お顔はお剃りになりますか?」
「そうだな・・・・・・・。その前にあれをやってもらおうか」

「・・・・・・・・・・・・・」
「奥さんのマッサージってやつを。気持ちよくやってくれよ」

男のその言葉に、クールさを維持していた人妻の表情に僅かな動揺の色が浮かぶ。


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