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抵抗の果て(12)

2014 01 10
「江利子、いったい・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あなた・・・・・・・、違うんです・・・・・・・・・・」

小野田と既にそこまでの話が進んでいる。夫のそんな誤解を打ち消そうとするように、江利子が懸命な様子で声をあげた。正則はただ、妻の表情を見つめることしかできない。

「ご主人、そんなに動揺しないでくださいよ」
正則の戸惑いをあざ笑うように、小野田がつぶやく。片手には再びワイングラスを握っている。

「私から事前に奥さんに要請をしたんです。電話でね」
正則にとっては、小野田が密かに妻に電話をしたという事実だけで、十分に困惑する理由となり得た。しかも、江利子はそれを夫である正則に一切告白していないのだ。

「せっかく夜を一緒に過ごすんですから、いつもとは違う服装でお願いします、と」
「違う服装・・・・・・・」
「店ではいつもズボンでしょう。たまにはスカート姿の奥さんも見たいと思いましてね」

立ったまま、江利子が恥ずかしげに顔をうつむかせる。たしかに、妻のスカート姿など、正則は長い間見たことがなかった。宮地も、意外そうに妻の姿を見つめていたようだった。

「こんなに魅力的な脚をしてるんすから。それを隠しているのはもったいないでしょう」
白色のワインを舐めながら、男が黒のパンストに包まれた人妻の両脚をいやらしく見つめる。

小野田の要求を、江利子は果たしてどのように受け止めたのか。少しは抵抗したのだろうか。しかし、結果的に指示されるままに、妻は男が望む服装を自ら選択したのだ。

「もっとも、これだけじゃないんですが、私がお願いしたのは」
「小野田さん、それは・・・・・・・・・・」

江利子が少し取り乱した様子で、声を発する。小野田は構わずに言葉を続ける。

「こうしてすぐに確認できる服装だけじゃなく、別のこともお願いしたんですが、果たして奥さんがそれを守ってくれたかどうか。それは後程はっきりすると思いますけどね」

ささやかな秘密を暴露されたように、江利子は何も抗弁することができず、ただ戸惑った様子でそこに立ち尽くす。男の言葉の意味を、正則は彼なりに想像し、確信する。

「小野田さん、あなたは妻のことをいったい・・・・・・・」
「ご主人、そう熱くならないでください。夜は長いんです。まずは食事にしようじゃないですか」

ダイニングスペースには、ログハウスによく似合う木製の大きなテーブルが置いてある。その上に、既にパスタを中心とした料理が並んでいることに、正則は気づく。

壁に設置された時計を見ると、午後7時30分を少し過ぎたところだった。夕食をとっていないのは事実であったが、正則には食欲を覚えるほどの余裕がなかった。

だが、男の指示には従うしかないのだ。案内されるままに席に着き、3人は食事を始めた。小野田の隣に座ることを江利子は強要され、正則は小野田の正面に座った。

「お二人ともお酒はいけるんでしょう?」
「あいにく、私たちは飲まないんです」

正則のそんな答えを無視し、小野田はテーブル上に置かれたクーラーの中に手を伸ばす。大量の氷に冷やされたワインボトルは、既に彼自身が飲んでいるせいか、栓が抜かれている。

「カリフォルニアの安物ですが、まあ一杯ぐらい付き合ってください」
強引に江利子、そして正則のグラスにそれを注ぎ、小野田は乾杯を要求した。

正則自身は、アルコールを全く受け付けない体質であった。ワインは勿論、ビール、サワーも飲めない。そんな夫に合わせるように、江利子もまた、かつて酒を口にしたことはなかった。

アルコールを好まないことを、妻は正則に結婚前の短い交際時期に告白している。正則はそれ以来、妻も自分と同様に酒を飲めないのだ、と信じている。

会話もないままに、食事は進んだ。料理の味は決して悪くなかったが、正則はやはり食が進まなかった。この料理を小野田がどう準備したのか、正則はふと疑問に思った。

「うちの会社の若い者に手配させた料理です。悪くないでしょう?」
正則の疑問を見透かしたように、小野田が説明をする。そのすぐ隣に、江利子が座っている。別の男と妻が隣同士で食事をする光景を眺めることは、正則に妙な感情を与えるものだった。

小野田は食事をしながら、ちらちらと江利子を眺め、その様子を確認している。手を伸ばすようなことはないが、その態度は明らかに至近距離の人妻の体を意識したものに思えた。

「小野田さん、今夜のことなんですが・・・・・・」
「ご主人、そういう難しい話は後にしましょう。さあ、少しは飲んでください」

始終うつむき加減で、江利子はゆっくり食事を進めている。ポニーテールで綺麗に束ねられた黒髪が、室内の弱い光に美しく反射している。ワインには一切手を伸ばさず、時折水を飲んでいる。

1時間近くが経過した。食事が終わり、小野田がダイニングスペースの片隅にある小型冷蔵庫から、シャーベットを取り出した。冬ではあるが、室内は想像以上に熱く、乾燥している。

しばらくの逡巡のあと、喉の渇きを満たそうとするように、妻はそれを口にした。自分も仕方なくそれを食べながら、正則は緊張を高めていく。少しずつその時が近づいている。

「ご承知の通り、奥さんは『一晩であれば自分を好きにしていい』、こう私に言いました」
小野田が唐突にそう切り出した。

「死の危険さえ否定できないほどの傷を私に与えたんです。その罪を償うには相当の覚悟をしているはずです。奥さんの覚悟がどの程度のものか、それを今から示してもらいますよ」

目の前に座る江利子の表情を、正則は見つめた。明らかに緊張した様子で、唇を噛み締めている。テーブルの上で指先をきつく交錯させ、祈るようにそれを見ている。

「ご主人には私を止める権利はない。見ていることしかできません。ただし」
既に2本目を開けたワインを舐めながら、小野田は妻を見つめ、言葉を続けた。

「自分の覚悟はそこまでを許したのではない、と奥さんがいうのなら、私はすぐ止めますよ」
「妻が拒絶するなら、止めてくれるということですね」
「ええ。ただし、奥さんの覚悟があまりに浅はかなものであれば、私も失望しますが」

小野田は結局こう言いたいのだ。自分は今夜、好きなように妻をいじめる。それを拒絶するのなら、無理強いはしない。ただし、その場合は妻を傷害で訴えることを改めて検討する、と。

「それでいいですね、ご主人?」
小野田の口調は、譲歩を許さないものだった。正則はしかし、その条件でもいいような気がした。ともかく、今夜、妻を無事にここから連れ戻すことが最優先されることなのだ。

「わかりました・・・・・・・」
「いかがですか、奥さんは?」

小野田にそう聞かれた妻は、しかし、正則の予想とは異なり、すぐに答えを口にした。

「結構です。私の覚悟をしっかり理解してもらいますから・・・・・」
そう言い終わった人妻の瞳には、夫への懇願と謝罪の色が浮かんでいた。

「あなた・・・・、私は何をされても大丈夫ですから・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「決して心まで奪われるようなことはありません・・・・・・・・」

妻の言葉が、彼女の覚悟がどこまでのことを想定しているものか、夫にはっきりと伝える。満足そうに夫婦の会話を見つめる小野田が、二人に声をかける。

「ではあちらに移動しませんか」
広いリビングには、分厚いカーペットが敷かれていた。巨大な石油ストーブの熱は、外の寒さを完全に無縁なものとしている。室温は少々熱いくらいであった。

大型のソファセット、そして、小さなテーブルが置かれている。小野田はそこにワインクーラーを運ぶ。室内の灯りはそれほど強くないが、その付近は更に光が弱いように感じられた。

やや薄暗いとも思える空間に、夫婦は導かれた。長いソファに江利子が座り、一人用のソファに正則が腰を下ろす。小野田は、当然のように江利子の右隣に位置した。

「改めて乾杯しましょう」
小野田が再度そう提案した。金色の液体が入ったグラスを、江利子は強引に持たされてしまう。

「これを舐めるくらいの覚悟はしてきたんでしょう、奥さん?」
江利子が持つグラスに、小野田の手が伸びていく。二人の指が微妙に重なり合う。

唇を硬く閉じ、江利子はグラスを避けるように顔を横に向けた。だが、男はもう片手で人妻の顎を強く持ち上げ、強引にグラスを傾け、人妻の唇を濡らそうとした。

観念したように、江利子がやがて唇を開ける。夫の眼前で、妻の喉が動く。苦しげな息遣いを喉奥から僅かに漏らしながら、江利子はアルコールを何口か飲み、グラスを戻した。

「飲めるじゃないですか、奥さん・・・・・・・」
男の手が人妻の頬を撫でる。それを嫌悪するように人妻は顔を背け、視線を床に逸らした。


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Comment
更新ありがとうございます。
ありがとうございます!
次回も楽しみです!
テンポよく物語が進んでますね。毎日の更新もそれに後押ししてるんだと思います。お疲れ様です(^_^)

ご主人の前でしちゃうのですか???

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