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抵抗の果て(32)

2014 02 28
「おい、どうする?」
「マッサージって、まさか単なるマッサージじゃないだろうな」

都心から離れてはいるが、十分な通勤圏内だ。ターミナル駅ともなれば、平日の午後9時をまわったころでも、まだ多くの人々が行きかっている。

駅付近には細い路地が多く存在し、繁華街の様相を呈している。駅からしばらく歩いた場所にある、小汚い雑居ビル付近に、その大学生らしい3人の若者がいた。

「サービスがあるのは間違いない」
「サービス?」

「ああ。あっちもちゃんとしてくれるってよ」
「まさか本番?」

「馬鹿。手でしてくれるだけだよ」
「就職祝いとしてはそれもよさそうだな」

夕方から駅前の居酒屋でビールを浴びるように飲んでいる。20代前半の若者だ。酒の酔い方さえまだ知らない。明らかに高揚した雰囲気で、自然、その話し声もうるさいほどだ。

OLらしい歩行者が、ちらちらと彼らの姿を見て、足早に去っていく。彼らがいったい何を目指しているのかを察知し、それを軽蔑するような雰囲気で。

3人は同じ大学、そして同じゼミに通う4年生であった。年始から続けてきた就職活動も、7月の今では既に目処が立ったといってよかった。

就職活動に関するもろもろの出来事を語ろうという名目で、今夜、3人は飲み会を企画していた。だが、よく観察すれば、3人が皆同じ雰囲気を醸し出しているわけではない。

それも当然であった。就職先が無事に決まったのは2名のみで、しかもかなり早い時期に内定を得ている。そのため、こんな祝いの飲み会も既に数えきれないほど開いていた。

彼らのゼミの中で、ただ1名いまだ就職が決まっていない人間が、もう一人の若者だった。今夜の飲み会には、その彼を励まそうという意味もあった。

だが、励まされるべき本人は、先ほどからずっと黙ったままで、会話にも参加しない。そもそも酒もほとんど飲まない彼は、一人素面でいるようだ。

「沈んでたって仕方ないだろ。景気づけに、たまにはぱっといこうぜ、なあ」
二人が彼の肩を揺すりながら、30代の会社員のような雰囲気で声高に叫ぶ。

「俺はいいよ」
「そうやってノリが悪いから内定も出ないんだぜ」

「関係ないだろう・・・・・」
「だいたい、女の一人や二人を知らないようじゃ、就職だってうまくいくはずないだろう」

彼を取り囲みながら、二人がおかしそうに笑う。既に二人は、プロの女性に手ほどきをしてもらった経験がある。世間知らずの二人は、それだけで妙な自信を得てしまっている。

だが、彼らの言葉にも一理あるのかもしれない。たとえ勘違いだろうと、そんな自信を持ってしまった人間だけが、この世の中勝ち残れるんじゃないだろうか・・・・・。

「なあ、行こうぜ。手でしてもらったことだってないんだよな?」
「うるせえな・・・・・」

苦笑しながら、二人の悪友のことを見つめる。彼の表情にある決心が浮かんでいることに、二人は巧みに気付く。そして、強引にそのビルの中に入っていこうとする。

「迷ってばかりじゃ、何も変わらないぜ。ほら、早く行こうぜ」
結局3人は、ビルの中に姿を消した。小さなエレベーターが1基だけある。誰もいない狭いホールで、3人はそれを待った。やがて、1階に降りてきたエレベーターの扉が開く。

50代後半と思われる会社員風の男が、1人乗っていた。ちらりと3名の姿を確認すると、彼は足早にそこから去っていった。どこか警戒するような視線を注ぎながら。

「あのおっさん、まさに帰りじゃないか?」
「こんな早い時間からか?」

「いかにも俺たちのことを警戒していたぜ。あれは怪しい」
「かなりの企業の重役みたいだったけどな」

「どうする、未来の上司だったら」
「おい、ふざけんなよ」

相変わらず、二人の会話は止むことがない。もう一人の若者は、ただ沈黙したまま、彼らの後に従っている。そして、目的地についた3人は、案内されるがままソファに座らされた。

「こちらは初めてですか?」
7月の蒸し暑さをすぐに忘れるほど、室内は冷房が効いている。ワイシャツにネクタイ姿というきちんとした身なりの若い男性店員が、3人の学生に声をかける。

「え、ええ・・・・・・」
さすがの二人も、緊張気味に答えを返した。

「コースは既におわかりでしょうか。全身マッサージが当店の売りですが」
「は、はい、それでお願いします・・・・・。いいよな、それで?」

彼に促されるように、もう一人の若者が慌てて頷く。更にもう一人の彼は、明らかに緊張した様子で店内の様子を観察し、神経質そうに髪を触っている。

「ではマッサージ師を選択いただけますか。こちらが今夜勤務しているスタッフとなります」
「あの・・・・・・、ここの店って、美人の人妻が評判だって聞いたんですけど」

明らかに学生という風采の若者が、「人妻」という言葉を口にするのを聞き、店員は思わず失笑する。それを隠そうともせず3人の若者を見つめ、僅かに見下した視線を注ぐ。

「ええ。当店の女性スタッフは皆、既婚者です。美人かどうかは、こちらでご確認ください」
渡されたファイルには、揃いのピンクのワンピースタイプの制服を着たスタッフの写真が、1ページごとに並んでいた。特に刺激的な写真ではなく、ごく普通の紹介写真だ。

「いいよ、先に選べよ」
「えっ?」
「今夜の主役から選ぶべきだろう、なあ」

ずっとおとなしくしていた若者に、残りの二人がファイルを差し出す。拒否しようとするが、今さらもう、どうこうなるものでもない。忘れたはずの汗を、彼はすぐに思い出してしまう。

「俺はいいよ、どの人だって」
「まあそう言わずに。好みってのもあるだろう?」

言われるがまま、彼はページをゆっくりとめくり始める。その視線には、何の期待も欲望も込められてはいない。ただ、友人たちに見せるポーズとして、そんな態度をとっているだけだ。

だが、しばらくの後、彼の動きが止まった。

「ほら、やっぱりいただろう、好みのタイプが」
友人に冷やかされるようにそう指摘されても、彼はなお固まったまま、その視線を動かすことができなかった。汗だけでなく、強烈な喉の渇きを、彼は密かに感じ始めている。

まさか・・・・・・・・、嘘だ・・・・・・・・・・・

「お客様はお決まりのようですね。では、お二人もどうぞ」
固まったままの彼から店員がファイルをさりげなく奪い、残りの二人の若者に差し出す。二人は不満めいたセリフをぶつぶつと口にしながら、やがて選択を終える。

「何かご不満でもありますか?」
「い、いや、別に。ただ・・・・・・・・・」

「ただ?」
「いや、先にいいのをとられたなって・・・・・・・」

不満げな二人の言葉に、店員は納得したような色を顔に浮かべる。そして、ファイルの写真を改めて見つめ、何か感心するような風に、言葉を漏らす。

「こちらのスタッフはまだ日は浅いですけど、人気なんですよ」
「ですよね」

「マッサージも抜群でね。君たちみたいな若者にもやはりわかりますか」
「は、はあ・・・・・・・・」

「あ、失礼。変なこと言ってしまったかな。じゃあ、皆さん、お部屋にご案内しますよ」
店員と会話を交わす二人とは対照的に、もう一人は最後まで緊張を解くことはなかった。その硬い雰囲気は、スタッフの写真を見た後、明らかに増していた。

細い通路が迷路のように展開し、番号が書かれたドアがいくつも並んでいる。二人が先に姿を消し、彼が最後だった。通路の最奥部、ドアの前に立った店員が、若者に案内する。

「紗枝さんでよかったですね」
「紗枝さん?」
「違いましたか?」

店員が、抱えていたファイルを取り出し、再び若者に写真を見せる。彼はそれをじっと見つめ、大きく息を吐く。ドアを見つめ、そして、店員に返事を投げる。

「はい・・・・・・・・」
若者の言葉に笑みを浮かべた店員が、ドアをノックし、中に声をかける。

「紗枝さん、お客様です。お願いします」
そして、若者は室内に入り、ドアを閉めた店員が歩き去っていく気配を確認した。

写真で見たのと同じ桃色の制服を着たスタッフが、こちらに背中を向けて何かの準備をしている。そのままの姿勢で、彼女は客である男性に声をかける。

「いらっしゃいませ。ご指名いただき、ありがとうございます」
この場所には明らかに慣れていない、緊張した声だ。若者は、それを聞いた瞬間、確信した。

振り向いた人妻が、客の姿に視線を投げた。手にしていた客用のガウンを握りしめたまま、そこに立ち尽くす。確かな沈黙の後、先に口を開いたのは客のほうだった。

「江利子さん・・・・・・・・・・」
宮地達樹は、店員に案内されたのとは異なる名前を口にした。


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Comment
面白み倍増
期待通りの登場ですね。
それと前半部の組み込み方ものりのりさんらしくて素晴らしいですね。
何処へ
龍樹クンでしたか。親子揃ってですね。江利子さんは、何処へ向かっているのか、そして、何処へ帰ろうとしているんでしょう。
No title
なんか、ずるいまとめの予感・・・

でも、やはり今回ばかりは本当に破滅でENDしてほしい、

どうしても江利子はそう思わせる。

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