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抵抗の果て(38)

2014 03 14
江利子が達樹から相談を持ちかけられたのは、それから3週間ほど経過した頃だった。

夏の気配に衰える様子はいっこうにない。眩しすぎる太陽が、足立理髪店の目の前の商店街を照りつけている。ドアの向こうに、隣家の学生の姿が見える。

「達樹君じゃないか」
先に気付いたのは正則だった。

平日ではあるが、店は混雑していた。正則と江利子は、共に忙しく高齢の客の調髪を施している。正則に気付かれたことを恥ずかしがるように、達樹はうつむき加減で店に入ってきた。

「いらっしゃい。どうした、達樹君」
「あっ、いや、別に・・・・・・・」

「散髪に来たわけじゃなさそうだね」
「え、ええ・・・・・・・」

達樹の髪は、短く清潔感溢れたスタイルで整えられている。正則は思い出した。彼が就職活動をまだ終えることができず、依然として会社訪問を繰り返していることを。

「まあゆっくりしていけばいいさ」
就職のことは敢えて話題にせず、正則は達樹に座るように促した。

やや落ち着きのない様子で、達樹は待機用のソファに座った。Tシャツにデニムというラフな格好だった。今日は活動はしていないのかな。正則はそんな風に想像する。

ちらりと達樹を見た江利子は、僅かな笑みを浮かべ、挨拶を送った。二人が会うのは、あの夜以降、これが初めてのことだった。だが、江利子の様子に動じる気配はまるでない。

スポーツ新聞を手にしながら、達樹は江利子の姿を改めて見つめる。口数の少ない、生真面目な人妻店員がそこにいる。美貌を誇りながらも、そこには清楚さだけが漂っている。

芯の強いことを示すように、その視線には確かな意志が宿っている。それが、女性としての江利子の魅力を増しているといってよかった。

確かなプライドを持った人妻こそが、美しくいられるのかもしれない。

本当に江利子さんを抱いたのだろうか・・・・・。達樹は今になって、あの夜の記憶に対する信頼が揺らいでくることを感じる。だが、その記憶はあまりに鮮明に刻印されている。

すべやかな肌。豊かな乳房と見事な曲線を描いた腰つき。熟れた美脚の奥に隠された、蕩けた蜜園。そこに自分のものを貫き、激しく腰を振った時、江利子さんが漏らした声。

ううんっ・・・・・・・・・・

その声は、タオルで縛られた人妻の喉奥から絞り出された。息苦しさのせいではない。あのときの江利子さんは、確かな快感に戸惑い、そして悦んで、声を漏らしていたはずだ・・・・。

「達樹君、何か飲む?」
ふと気づいたとき、江利子がすぐそばに立っていた。どうやら調髪が一段落したようだった。

「あっ、いやっ、どうしようかな・・・・・・・・」
「ふふふ。おかしな子ね。コーラでいいかしら?」
「は、はい・・・・・・・・・」

店奥の居住スペースに行く人妻の後姿を、達樹は見つめる。気のせいか、江利子が更に色っぽく、美しさを増したように思える。その裸体を抱き、汗を浮かべるほどに激しく交わったのだ。

その事実を、彼女の夫はまだ知らない・・・・・・

「はい、どうぞ」
よく冷えたコップをテーブルに置き、江利子は再び接客に戻ろうとする。

「江利子さん・・・・」
「なに?」
「あの・・・・・、ちょっと後から相談したいことが・・・・・」

達樹がそう言った瞬間、江利子の表情にかすかな緊張の色が走った。だが、正則に背中を見せているので、それを夫である彼に気づかれることはなかった。

「いいわよ。何かしら」
「ちょっと就職のことで・・・・・・」

客の調髪を進めながら、正則が笑顔で二人の会話を聞いている。そこには疑念のかけらもない。慎重にはさみを動かしながら、正則が達樹に言った。

「江利子で役に立つなら、どんどん相談していいからね、達樹君」
「あっ、はい・・・・・・・・」

気まずそうに、達樹は正則の言葉に返事をする。じゃあ、少し待ってて、と優しげな言葉を残し、江利子は調髪台に戻る。そして、しばらくの時間が過ぎた。

「どうしたの、達樹君? 就職、何か進展があったのかしら」
達樹の希望で、二人は店奥の居間に座っていた。正則は、まだ客の対応を続けている。

「実はね、江利子さん・・・・・・、就職、決まりそうなんだ」
「えっ、本当に?・・・・・・」

「いろいろとあったんだけど、とんとん拍子で話が進んで・・・・・」
「そう・・・・・・・、よかった・・・・・・・、本当によかったわ・・・・・・・・」

畳の上に座った二人。目の前にいる達樹を見つめながら、江利子は心の底から安堵を漏らすように、声をかけた。そして、達樹は就職が決まりそうな会社名を口にした。

「凄いじゃない、達樹君。そんな有名な会社に・・・・・・・・」
「う、うん・・・・・・、友達からも驚かれてるんだけどね・・・・・・・・・」

それは、不動産系のある企業だった。大企業とまではいかないかもしれないが、近年、急成長を遂げており、積極的に展開する広告宣伝も手伝ってか、認知度はかなり高い先だ。

最後まで行先が決まらなかった学生が見つけた企業としては、できすぎのような話にも聞こえる。理髪店を守ることで懸命な江利子にとっても、それは何となくわかるようだった。

「ただ、まだ完全に確定しているわけじゃないんだ・・・・・・」
かすかな疑念を抱く江利子の様子を感じたように、達樹が告白をした。

「達樹君。何か私に相談したいことがあるんでしょう?」
「・・・・・・・・」
「言いなさい。何でもいいから、遠慮せずに言って」

江利子の真剣なトーンに、達樹は心を動かされる。ここまで親身になってくれる人間は、周囲には誰もいやしない。父親でさえ、こんな態度を見せてはくれない。

だからこそ、江利子さんにこんなお願いをしてはいけないんだ・・・・・・。達樹はそんな葛藤を繰り返しながらも、結局、最後には江利子の説得に屈するように、口を開いた。

「会ってもらいたい人がいるんです・・・・・・」
「えっ?」

「僕にこの会社を紹介してくれた人がいて・・・・、かなり強く推薦してくれた人が・・・・・・」
「そんな方ならちゃんと御礼しなきゃいけないわ。でも、私でいいのかしら・・・・・・・」

江利子の言葉には、当然の疑問が含まれていた。隣家に住んでいる人妻というだけで、達樹の保護者であるわけでもない。そんな関係なのに、果たしていいのか、という疑問が。

「江利子さんじゃなきゃ駄目なんだ・・・・・・」
「私じゃなきゃ駄目?・・・・・」

「つまり・・・・・・・、江利子さんに会うってことが、僕の就職の条件みたいになっていて・・・・・・」
「どういうことかしら・・・・・・・、よくわからないわ・・・・・・・・・・」

しばらくの沈黙が漂う。江利子は辛抱強く、達樹の言葉を待った。人妻の視線をじっと見つめながら、達樹は何かを思い出すように表情を歪める。そして、事実を明かす。

「その人、江利子さんを知っているんです」
「私のことを?」

江利子の表情に、陰が走る。そして、達樹はその人物の名前を伝えた。

「達樹君、あなた・・・・・・・・・・」
その名前に激しい衝撃を受けたことを隠そうともせず、江利子は言葉を詰まらせた。

「こんなこと、やっぱり駄目だ、江利子さん・・・・・・・」
「達樹君・・・・・・・・」
「あの人、前にもここに来たことあるでしょう。土地の買い占めでもめている頃に」

達樹は思い出す。その男が何度かこの店に足を運び、一度は確か、江利子をこの居間に監禁するように連れ込んだことを。達樹はそれを、はっきり目撃していた。

だが、今は状況がまるで違う。彼は恩人だ。自分の就職を強力に後押ししてくれた、紛れもない恩人なのだ。そんな彼の要望を裏切ることは、自分の将来を放棄することでもある。

「達樹君、何も心配しないで・・・・・・・・」
葛藤に苦しむ達樹を救うように、江利子がささやいた。

「いいわ。とにかく一度、あの方に話をしてみるわ」
「でも・・・・・・・・」

「いったい何を求めているのか、それを私が自分で確かめるから・・・・・・」
「江利子さん・・・・・・、駄目だ、あの人、江利子さんにいったい何をするか」

「いいから。達樹君は心配しないで・・・・・・、いいわね?・・・・・・・・・・・」
テーブルの上に置かれた達樹の手に、江利子は自分の手をそっと重ねる。そして、あの夜の記憶が嘘でないことを伝えるように、若者の手を強く握った。

****************

江利子が彼に電話をしたのは、その日の深夜であった。宮地達樹の就職が必ず保証されること。江利子はただ、それだけを確認した。

だが、そこには交換条件があった。彼の提案を、江利子はただ黙って聞くことしかできなかった。


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Comment
バーター取引第二戦
第一線では、存分に陵辱され、エクスタシーの呪縛から、逃れられない江利子さん。第二戦だは、体も心も犯され尽くしてしまうんでしょうか。
No title
コメントがほとんどないですね。

江利子さん、小野田さんの巧みな技に今度はどんな痴態をさらすのでしょうか?
自分の満たされない性欲を小野田さんに埋めてもらいたいと考えているのは他でもない江利子さん自身ではないのか。渡りに船とはこのこと?
江利子さんにとっての理由づけもできたし、小野田さんによって教えられた女の悦びを再び味わうことを浴する江利子さん、でしょう。
その後、達樹くんにももう一度チャンスを与えてね、江利子さん!

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