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抵抗の果て(57)

2014 05 22
高速道路を1台の車が快適に走っている。

秋の午前の穏やかな陽光が上空から注いでいる。澄み渡った空気は空の青さをいつも以上に濃厚なものにしていた。勿論、都心からかなり離れた場所であることも理由なのだろう。

予想通り、車の混雑はそれほどでもない。土曜日の午前。だが、走っているのは都心に向かう上り車線だ。反対側の下り車線に比べれば、やはり車の数は少ないように感じる。

道路わきのガードの向こう側に、紅葉に美しく染まった山が見える。重なる山の狭間に、冷たさを伴いながらも眩しく光る湖がある。だが、その景色は瞬く間に後方に飛び去っていく。

宮地達樹は、一番後部の座席でそんな風景を先ほどからぼんやりと見つめていた。

「達樹君、どうしたの?」
少し離れて隣に座る若い女性が、不安げに声をかけた。ショートカットがよく似合う活発そうな女性だ。ベージュ色の薄手のセーターに包まれた胸元が、魅惑的な曲線を描いている。

「えっ?」
「何だかさっきからずっとぼうっとしてるけど」

「そうかな」
「そうよ。ぼんやり外ばかり見つめて・・・・。ずっと同じこと、考えてるみたい・・・・・・」

彼女の言葉を聞いて、前に座っていた男たちがおかしそうに振り向いた。1人は片手にしたレッドブルを口にし、もう1人はからかうように達樹を見つめながら、身を乗り出してくる。

そのワゴン車には6名の若者たちが乗っていた。大学のゼミ旅行と称し、1泊で近場の温泉を訪問した帰りだ。価格を理由に週末ではなく、金曜宿泊としていた。

泊まった宿もまた、ペンションが少し大きくなったような小さな場所だった。結局、温泉をさして楽しむこともなく、一晩ただ飲んで、騒いだだけだった。

勿論、ゼミの勉強など、何もしていない。大学4年生の彼らだが、ここにいる連中は皆就職も確定し、気楽な日々を送っている。ゼミも、それほど厳しくはないものだった。

「わかった。達樹帰りたくないんだろう?」
「そりゃそうだよな。今日、土曜だし。どう、帰ったら俺んち来るか?」

二人の言葉に少し笑いながら、達樹は面倒そうな仕草で視線を彼らに向けた。隣に座るショートカットの女性が、そんな彼のことを、探るように見つめている。

「遠慮しとくよ。昨日、ほとんど寝てないし」
「相変わらず付き合い悪いねえ、おまえは」

「まあ、今日はちょっと早く帰りたいんだよ、いろいろあって」
「いろいろあって、か。やっぱ、大手に行くやつは言うことが違うよな」

友人の言葉を、再び浮かべた笑顔で無視しながら、達樹はまた外を見つめる。彼の獲得した就職先は、確かにそんな風に冷やかされるほどに、周囲の想像を上回る先であった。

しかも、彼は最後まで就職が決まらなかったのである。ゼミの誰もが不安と共に、現実的で冷酷な視線を密かに彼に送っていたものだ。だが、それが最後に見事に覆されたのだ。

勿論、その裏に何があったのかは、友人たちは誰も知らない。

いや、宮地達樹自身、それを知っているわけではない。自分をその会社へと導いてくれた一人の男の存在、そして、彼が隣家で働く人妻に接触することを要求したこと。

達樹が知っているのはそれだけだ。それ以降、いったい何が起こったのか、まるで把握していない。彼に会わないほうがいいと忠告したあの日から、達樹はその人妻の姿を見ていない。

江利子さん・・・・・・・・・・・・、大丈夫なの?・・・・・・・・・・・・・・・・

車外に広がる秋の山並みを見つめながら、達樹はずっとそんなことを考えていた。何か胸騒ぎがするような気分だった。それは昨日からずっと続いている。

「ねえ、今日ってほんとに忙しいの?」
隣に座る女性が、前に座る男たちに聞こえないように、達樹にそっとささやく。

少し身体を動かし、彼に近づく。達樹に、かすかに甘い香水の匂いが届く。返事をせずに外を見つめ続ける彼の手に、彼女は腕をそっと伸ばし、ためらいながらも自らの手を重ねる。

「女の人に会う、とか」
「・・・・・・・・・」

「働いてる人でしょう、その人」
「別に誰とも会う予定なんかないさ」

「そうかな。達樹君、この数か月で何だか急に大人びた気がするけど」
「だってもう、22だぜ、俺たち」

「そうじゃなくてさ。何て言ったらいいのかわかんないけど・・・・・・。雰囲気変わったよ」
「悪い方に?」

外を見つめていた達樹が、笑いながら彼女に視線を投げる。彼の指先にかすかな力が込められる。戸惑った表情に不釣り合いな様子で、彼女は大胆に指先を絡めていく。

「違うわ。いい方にっていうか・・・・、うーん・・・・・・・・・・」
「いつもわかんないな、さやかの言うことは」

「つまりさ、大人になったってことよ」
「働いている女の人のおかげで?」

「そう・・・・・・・・かな」
さやかの寂しそうな笑顔は、昨日からどこか不安で揺れ続けている達樹の心を、僅かに和ませるものだった。だが、現実を思い出すように、彼は手を離し、再び外を見つめた。

足立江利子の姿が、達樹の脳裏に鮮明によみがえってくる。あの駅前のエステサロンで、全てを教えてくれた人妻の官能的な肉体の記憶を、彼は忘れることができない。

戻ったら、すぐに行ってみよう・・・・・・。達樹はそんな決意を固めている。隣家にある理髪店に行って、そこで働いているはずの人妻の様子を確かめるのだ。

「げっ、渋滞かも・・・・・・・・・」
ワゴン車を運転している若者が、突然声をあげる。達樹は、しかし、その言葉を気にすることはなかった。

「うわあ、ダメじゃん、これ・・・・・・。ほら、繋がってるよ~」
助手席に座る女性が、前方を見つめながら落胆した表情を浮かべる。達樹はぼんやりとした表情のまま、最後部の座席から視線をフロントガラスの先に向けた。

確かに、すぐ先に延々と繋がる車の列が見える。ハザードランプを点灯させながら、ワゴン車もまた一気に減速した。やがて、のろのろとした徐行運転が始まった。

「この先で事故みたいね」
助手席の女性が、スマホを見つめながらつぶやく。

「頼むよ~。土曜の朝から事故渋滞ってのは」
「早く帰っても何もすることないんだろ、お前は」
「まあな」

男たちが笑いながら会話を交わす中、達樹だけはそこに加わらず、前方を見つめ続けた。もうすぐトンネルがある。数百メートルのその区間を、車列はなおも徐行を続けていく。

やがて、事故現場らしき風景が確認できるようになった。トンネルを抜けてすぐの路肩付近に非常灯を回した警察車両が何台も見える。爽やかな秋の朝には、あまりふさわしくない光景だ。

「派手に事故ったみたいだな」
「こんなカーブでもない道で何でだろうね」

並び続けた車が、追い越し車線側に次々に入ってくる。一層速度を落としながら、彼らが乗る車は事故現場に近づいていく。そして、そこを通り過ぎる地点に達する。

「すげえ、派手にやったなあ・・・・・・・」
ハンドルを握る若者が、至近距離の現場を眺めながらつぶやく。

明らかに高級車と形容できる黒色のセダン車が、そこにあった。車体を裏返した状態で静止したその車は、前方がひどく破損し、フロントガラスも大破している。

血痕らしいものが、フロントシート、それに周囲のアスファルト上に点在していた。だが、車に乗っていたと思われる人間はそこにはいない。既に運ばれていったのだろう。

「これ、死亡事故かもね・・・・・・・・」
「だろうな・・・・・。これじゃ全員亡くなってもおかしくないんじゃないの?」

さすがに、若者たちは少し神妙な様子で語りあった。確かに、周辺に散らばっているガラス片、そして車体部品の残骸は、その事故の衝撃をはっきり伝えている。

「おい、安全運転、頼むぜ」
ドライバーに、後方に座った男が声をかける。

「任せとけ」
事故現場を過ぎ去った辺りから、一気に車の流れは回復した。再び高速に戻ったワゴン車は、都心へと一路向かっていく。

しばらく事故現場を見つめたまま、達樹は再び胸が騒ぐのを感じていた。

だが、それが続くことはなかった。車がスピードを回復したのと共に、彼はまた外の風景に視線を投げた。そして、目撃した事故現場のことを、すぐに忘れ去った。

江利子さん・・・・・・・・・・・・

隣家の人妻のことだけを、彼は考えている。


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Comment
もしかして亡くなったのは…。
安易な結末でありませんように。
江利子さん亡くなったとかw
予感
いつもありがとうございます。

何だか、嫌な予感がして来ました。
何かを得るために何かを手放さないといけない…事は分かっていますが。
とうとう?
事故車、運転していたのは、小野田で、助手席に江利子さん、ですか?それとも、ハイヤーで、運転手共々?
つまらない結末になりませんように
江利子さん事故ってたとかw
No title
まさか江利子さんが・・・
No title
江利子さんは死んでしまったのですか?
物語の途中から、そんな予感はありましたけど、
こんな罰の受け方はないですよ。

これは江利子さんが望んだ罰なのでしょうか?

違ってて欲しいです。
正則さんが可哀想すぎますよ・・・
いきさつを知ったとしても、知らないとしても、
これでは正則さんが一身に不幸を背負ってしまうじゃないですか、
あんまりです。
No title
まさか・・・。
という展開でしょうか。
続きが待ち遠しいです。

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