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抵抗の果て(59)

2014 05 30
来訪者が姿を現したのは、やはり足立理髪店の営業が終わった後だった。

「こんばんは」
連絡を事前に受けていた正則は、彼女を丁重な態度で迎えた。

「増山さん、ご無沙汰しております」
「正則さん、大変だったわね・・・・・・・」

「え、ええ・・・・・・・。狭い場所ですが、奥にどうぞ」
「こちらでいいわ。ここでお話ししましょう」

女性はそう言って、理髪店内のソファスペースに腰を下ろした。正則はすぐに居住スペースの台所に行き、先日の男に差し出したのと同様に、お茶を用意した。

「どうぞ」
「ありがとう」

背筋を伸ばし、姿勢よくソファに座るその姿は、決して70代とは思えない。薄手のコートを脱ぎ、濃紺のセーター姿になった彼女は、50代といっても通じそうな若々しさを維持している。

毎日客相手の仕事をしているせいかもしれない。増山と名乗るその老女は、もう随分昔から、この近所で書店を経営している。正則も町内会の活動を通じ、彼女と何度も話したことがある。

話していても気持ちがいい女性だった。若いころは、かなりの美人であったのだろうと想像できるその整った風貌と細身のスタイルが、またその書店にはよく似合っていた。

正則はふと思い出した。この一帯が地上げ騒動に巻き込まれた際、その書店は反対派に転じて抵抗してくれたことを。その情報に、江利子は確かな喜びを隠そうとはしなかった。

だが、そんな増山がいったい何を目的として今日の訪問を提案してきたのか。正則は、疑問だった。勿論、今回の出来事に対し、近隣に住む一人としてあいさつに来ただけなのかもしれない。

「随分寒くなったわね」
「ええ・・・・。これから一気に冬になりそうですね」

「もう営業はされているの?」
「休んでもしかたないですので。それに・・・・・・・・・・・・」

「江利子ちゃんもそれを望んでいるかもしれないわね」
「・・・・・・・・・・・・・・」

「ここは江利子ちゃんのお店なんだから」
そこまで話してから、増山はそっとお茶を飲み、店の外の商店街を見つめた。晩秋の深い夜の闇が、そこに広がっている。時間はまだ早いので、行きかう人の数も多い。

しばらくの沈黙が訪れた。正則はただ待った。彼女の話を・・・・・・。

「今回のことを、もう少し詳しく教えてもらえるかしら」
そう切り出した増山に対し、正則は何のためらいもなかった。

彼女は既に、ある程度のことは知っているようだった。地上げ騒動に巻き込まれ、江利子がある男に執拗に絡まれていたことを。

その続きを、正則は、彼が知っている限り、増山に話した。江利子が夫には秘密に、再びその男のもとに向かったこと。そして、起こってしまったことを。

「やっぱりそうだったのね」
「えっ?」

増山が発した言葉に、正則は声を失った。

「そうじゃないかなって思って、ここに来たんだけど・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「今度は私がお話をする必要があるわね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「江利子ちゃんの事故のことを聞いたら、どうしてもあなたに話しておかなきゃっ、て、そう思ったのよ」

そして、増山の告白が始まった。


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Comment
足立江利子
いよいよ、江利子さんの過去が明かされる。何故、この場所に拘るのか?あの頑なな性格は?性の悦びに目覚め、夫を裏切ったのは、事実だとしても、何故小野田を道連れに、死を選ばなければならなかったのか?そして、この女性、増山との関係は?
No title
この人は、あの日の朝に
遺言を聞いていたのでは・・・

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