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夫の秘密、或いは妻の秘め事(2)

2014 07 24
待ち合わせの男が姿を現したのは、約束の時間を僅かに過ぎた頃だった。

白色のシャツにデニムという、およそ医師とはかけ離れた外見であったが、希美子はそれが柴田であることをすぐに感じた。長身の彼は、想像よりやや若く見えた。

「梶野様の奥様、ですね?」
「はい。柴田さん、ですよね」
「すみません、遅くなりまして。このような都心にはあまり足を運ぶこともないですから」

気さくな態度で挨拶をし、彼は希美子の前に座った。アイスコーヒーを頼み、額の汗をぬぐう。年齢は40代半ばだろうか。その第一印象は、希美子にとって悪いものではなかった。

「すぐに奥様だってわかりましたよ」
「あら、そうですか?」

「メガネをかけた美しい女性なんて、他にこの店にはいませんからね」
「まあ、いやですわ・・・・・」

希美子は大学生のころからメガネをかけている。コンタクトにした時期もあったが、結婚後は再びメガネを利用している。待ち合わせに、希美子はメガネを目印の一つとして告げていた。

勿論、美しい女性などとは一言も言っていない。だが、柴田にそんな風に言われても、希美子はなぜか悪い気はしなかった。彼の口ぶりには、ただ素直さだけが漂っていた。

「随分と混雑した店ですね」
柴田は興味深そうに周囲に視線を投げ、そして、1枚の紙片を希美子に差し出した。

「先日は突然のお電話、失礼いたしました。○○メンタルクリニックの柴田と申します」
彼の名刺を眺めながら、希美子はこの場に来たことの深刻さを改めて感じていた。メンタルクリニックという見慣れない文字が、人妻にそんな不安を与えている。

「奥様、それほど構えていただく必要はありませんから」
「えっ?」

「メンタルクリニックと言っても、いわば、相談窓口みたいなもんですよ」
「相談窓口、ですか・・・・」

「とかくストレスの多い現代社会ですからね。悩みがない方なんて誰もいません。レベルの違いはあれ、私たちは皆、精神的に追い込まれています。奥様だって、無縁じゃないでしょう?」

「は、はあ・・・・・」
希美子は少し迷いながら、薄くなったアイスピーチティーを喉に流し込んだ。

「気軽に悩みを相談したい。そんな方が我々のもとを多く訪れるんです」
「そして、主人もその一人なんですね・・・・・」

「ええ・・・・・・・」
一呼吸置いた後、柴田は少し声を潜めて答えた。

「これは奥様だけにお聞かせするお話で、あまり周囲に聞かれたくはないのですが、まあ、この店なら大丈夫かな。これだけうるさいと、逆にいいですね」

「ええ。そう思って、あえてここを選んだんです」
「失礼ですが、奥様はこの辺りはお詳しいんですか?」

「いえ。以前の職場もここからは離れてます。知り合いに会うリスクがないかな、と思って、こんな場所を選んだんです。主人の会社も全く別方向ですし」

希美子は話しながら、改めて周囲を見た。10代か20代前半の若い客で、大半が女性だ。少し居心地が悪そうにしている柴田の様子が、希美子には少しおかしかった。

だが、柴田の一言が、希美子に緊張をすぐに思い出させた。

「早速ですが、奥様、ご主人が私どものところに来ていることは」
「全く知りませんでした。いったいいつ頃からなんでしょうか」

「春先ですから、もう3か月くらい前でしょうか」
「3か月前、ですか・・・・・」

その前後のことを、希美子は懸命に思い出そうとした。だが、何か変わったことがあったような記憶はない。夫の周囲で女性の影を感じたとか、そんなこともまるでない。

恐らくは、夫は浮気しているのだろう。それを妻の私に告白することができず、苦悩しているに違いない。先日の柴田の電話で、希美子は既にそう確信している。

「それ以来、週に1回のペースでご主人にはいらしていただいています。1回は30分程度で、ご主人に胸の内を全て話してもらう、という形式でカウンセリングを進めています」

「柴田さん・・・・・、あの、主人の相談内容ですが・・・・・・・」
希美子はやや声を潜めて、目の前に座る柴田に言葉を投げた。

「先日のお電話ではそれは『秘密』・・・・、つまり妻である私には決して言えない『秘密』だと、確か、そうおっしゃってましたよね」

「ええ、その通りです・・・・・」
少し表情を硬くしながら、柴田はうなずいた。

「やはり、それは、主人が浮気してるということでしょうか」
ためらうことなく、希美子は思い切ってそう聞いた。早く夫の秘密を知り、そして、少しでもその解決に役立ちたい。だからこそ、この医師は私を呼んだはずだ。希美子は、そう感じていた。

柴田は、しかし、即答することはなかった。この場に及んで何かに迷うように、少し息をつき、アイスコーヒーを僅かに飲んだ。そして、深刻なまなざしで、希美子を見つめた。

「奥様がそう想像されるのは無理はないですが」
「違うんでしょうか・・・・・・・」

「違います」
「ではやはり、仕事で精神的に追い詰められたとか・・・・・・」

「いえ、そうじゃないんです。全くそういうことではありません」
柴田ははっきりとした口調でそう言うと、目の前の人妻に向かって言葉を続けた。

「何というか、ご主人はもう少し複雑な問題を抱えていらっしゃるんです」
「複雑な問題って、いったい・・・・・。ひょっとして、子供ができないことを・・・・・・・・」

「奥様、それともまた違うんです・・・・・・」
核心に触れようとしない医師に対する深い困惑の色が、希美子の瞳に浮かんだ。メガネの奥の人妻の美しい瞳を見つめながら、医師は彼がここに来た意志を改めて思い出したようだった。

「ご主人のようなお悩みを受けたのは、恐らく初めてです」
「えっ?」

「もっとも、同じような悩み、或いは欲望を抱えた男性は、数多くいらっしゃるはずです」
「欲望・・・・・・・・」

「敢えて欲望と表現しますが、ある意味でそれは、珍しくはないのかもしれません。大半の人は、それをうまくコントロールして、日々の生活を送っているはずです。しかし、ご主人は、恐らく、本来真面目な方なんでしょう。そんな欲望を持ち始めたご自身に、ひどく混乱されています」

そこまでの話を聞いても、希美子はまるで想像ができなかった。いや、更に混乱が深まっただけだ。夫はいったい何を悩んでいるというのか。

欲望?  いったいどんな・・・・・・・。

「奥様のことなんです」
「私のこと・・・・・・」

「奥様、落ち着いて聞いていただけますか?」
「え、ええ・・・・・・・・」

唐突な柴田の言葉に、希美子は言葉に詰まった。そして、柴田は真実を明かした。

「奥様が別の男性に何かされることを想像せずにはいられない、いや、想像するだけでなく、そこに興奮を感じ取ってしまう、それがご主人の抱えていらっしゃるお悩みなんです」

周囲の喧騒が瞬時に消え去る。希美子はただ目の前に座る医師の顔を見つめた。


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Comment
どんな展開になるんでしょう
希美子さんのご主人は、ある意味王道タイプ(クリニックへ駆け込んじゃった人は、初?)。このドクター、治療と称して、希美子さんの肉体を頂こうとしてるんでしょうか?それとも、もっと別の何かがあるんでしょうか?
たのしみ
そっち方面ですか…

たのしみです
No title
このドクターに喰われて女の歓びを教え込まれるのかな?
期待してます。
さてこれは・・・
のりのりさんが描かれる方向は、あっちか、そっちか、いやいやもっと意外な方向か、またしても引き込まれます。
希美ちゃんの逆告白
『この際だからお話します・・・。実はわたしも先生に聞いてもらいたくて・・・』



希美子さんは先生に何を話すのかな!

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