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夫の秘密、或いは妻の秘め事(3)

2014 07 28
質問を返すことさえできない。希美子はただ、柴田の説明を何度も頭の中で繰り返し、そして、その意味を理解しようとした。だが、それは容易なことではなかった。

「奥様、すみません、このようなことを突然」
目の前に座る人妻が見せた動揺に戸惑うように、医師は言葉を継いだ。

「奥様にこのようなことをお伝えすることは、医師としては許されないことです。それに、勿論、ご主人は今日、このように奥様と私がお会いしていることを知りません」

「柴田さんのご判断で私にそのようなことを・・・・・・」
「ご主人の問題を解決することに役立つかと思ったんです」

「えっ?」
柴田が意味することを、希美子はまるで理解できなかった。

そもそも、夫がどのような理由でそんな欲情を抱いてしまったというのか。少なくとも、普段の生活から、妻である希美子が夫の秘めた欲情の気配を感じることは一切なかった。

「このような願望を抱いている男性は、決して珍しくはありません」
「・・・・・・・・」

「誰だって妻や恋人が別の男性と一緒にいる光景を見て、戸惑うと同時に、形容できない刺激を感じているはずです。私だって、そんな感情がゼロだとは言いません」

「それならば主人は・・・・・」

「ええ、別に放っておいても構わないと思いますよ。ただ、わざわざクリニックに足を運ぶほどに深刻に悩まれているわけですからね。そこは普通の方々とは少し違うのかもしれません」

夫が、妻である私のことをそんな風に見つめていたとは・・・・・。その感情に戸惑う以上に、希美子は一抹の寂しさを感じた。夫のことをまるで理解していなかった自分自身に対して・・・・・。

「我々は少しでもご主人をお救いしようと思いまして、何度かのカウンセリング、まあ、雑談みたいなものですが、そんな時間を重ねてきました。そして、ご主人の正直なお気持ちを、できる限り集めてきたつもりです」

「その結果、今日私と会うことを・・・・・」

「奥様にお手伝いしてもらった方が、ご主人の回復に役立つかと判断しまして。いや、回復なんて表現はおおげさです。少しでも悩みから解放されればと願っているだけなんですが」

唇をストローにつけ、希美子はグラスの中の液体を吸おうとした。だが、小さくなった氷が動く音がむなしく響くだけだった。毎晩、自宅で見る夫の姿を、希美子はぼんやりと思い出す。

帰宅時間も遅く、会話の時間もめっきり減った。仕事の続きだとして、夫はすぐに狭い自分の部屋にこもり、パソコンを操っている。まさかそれが、自分の欲望を満たす時間だったのだろうか。

「柴田さん、お話はわかりました。でも、いったい私が何をすれば・・・・・・」
「これは、我々の推測を証明しようという試みでもあるんですが」

柴田は少し緊張した様子で、アイスコーヒーを飲んだ。そして、周囲に座る客に視線をやった。相変わらず、若い女性客を中心に店内は盛り上がり、二人のことは気にもしていない。

「現実を教えるんです」
「現実を?・・・・・」

「つまり、ご主人が望まれるようなことを、実際に奥様にしてもらうわけです」
「あ、あの、ちょっと待ってください・・・・・・」

戸惑いを隠せず、思わず声を高めた人妻に対し、医師は少し慌てて説明を続けた。

「いえ、べ、別に奥様に何か過激なことをしてください、と言っているわけではありません」
「過激なことっていったい・・・・・・、柴田さん・・・・・・・・・」

希美子は、慌てて弁解しようとする柴田の様子が、滑稽なものに思え、ついクスクスと笑ってしまった。柴田は少し不思議そうにしながらも、希美子に聞いた。

「あ、あの、真剣に話しているつもりなんですが」
「すみません、でも、過激なことっていう、その言い方が・・・・」

「ははは、確かに変ですね・・・・・・・」
再びハンカチで額の汗を拭う姿を、希美子が笑みを浮かべて見つめる。

「奥様に不快な思いをさせたり、危険を与えてしまうようなことを強制するつもりはありません。ただ、僅かでもご主人が想定されているような光景を、実際に奥様に披露してもらうんです」

「ショック療法のようなことなんでしょうか」
「まあ、実際に見てもらえば、自分がいかに馬鹿なことを想像していたのか、ご主人は理解されるのではないかと。こう考えたわけなんですよ」

「馬鹿なことを、ですか・・・・」
「ご主人は奥様を愛していらっしゃいます。だからこそ、そんな妄想を抱いているわけで、実際に奥様がそのような目に遭遇されているところを見れば、自分の誤りに気付くはずです」

そう話す医師の表情には、完全な自信が存在しているわけではなさそうだった。彼自身、自分の提案に迷っている。希美子は、しかし、医師の言葉に少なくとも嘘は感じなかった。

「ご主人には勿論何も言いません。ただ、奥様のそういう光景をご主人に見てもらって、もっと見たいと思ったのか、或いは激しく後悔したのか。そんな変化をご主人に聞いてみたいんです」

医師が言わんとしていることを、希美子はほぼ理解できた気がした。だが、それに同意するかどうかは、別の問題だ。少なくとも、希美子は彼の提案が夫の回復に繋がるとは思えなかった。

希美子は、もっと単純なことを考えていた。

柴田が言うとおり、夫はそのような欲望を抱いているのだろうか。医師の言葉を疑うのではない。ただ、希美子は、夫がそんな秘めた想いを隠していることを、受け入れることができなかった。

「柴田さん、私、協力しますわ」
「えっ?」

今度は、柴田が言葉を詰まらせる番だった。

「ただし、私の目的は柴田さんとは少し違います」
「と言いますと・・・・・」

「夫が本当にそんな欲望を抱いているのか、ただ、それを確かめたいんです」
「なるほど」

「実際にそれを見て、主人がどういう反応を示すのか、私自身が一番興味あります」
「ひょっとして、そんなことをご主人は望んでいないのでは、と」

「ええ。妻としては、勿論そう思いたいですから」
「それはそうでしょうね」

「少なくとも、普段の主人の姿からは、とても想像ができませんので」
希美子はそう言いながら、柴田のことを見つめた。医師もまた、目の前の人妻の懸念を想像するように、深刻な表情を浮かべた。そんな空気を察した希美子が、すかさず言葉を続ける。

「でも、柴田さん、約束ですから」
「えっ?」
「過激なことはなしですからね」

その言葉に、二人はまた笑みを浮かべた。

そして、希美子は柴田から具体的な提案を聞いた。人妻の協力を得て、どのような光景を夫に見せるのか、医師は詳細な計画を既に用意していた。

「柴田さん、よくこんなこと考えつきましたねえ」
「これが仕事ですから」
「どんなお仕事なんですか、いったい・・・・・・」

希美子は、まるで冗談を企画するような調子で、彼の話を聞き、自らの考えを述べた。その結果、いくつかの計画が生まれた。そこには希美子のアイデアもかなり反映されていた。

「奥様、くれぐれもご注意ください。ご主人には何も悟られないようにお願いします」
「ええ。わかってますわ」
「これがやらせだとわかってしまったなら、まるで意味がなくなりますからね」

全ての計画が、希美子にはゲームに思えた。これで夫との距離が少しでも縮まるのなら。結果がどうであれ、希美子は夫の全てを受け入れ、一緒に歩んでいくつもりでいた。


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Comment
スタートですか。
患者の為というDr.柴田、夫の本当の姿を知りたい希美子さん。二人の思惑が交わるところには、一体何が。自分がかかっているDr.と妻のデート場面を見せようと?それだけで、済むんでしょうか?続きが楽しみです。
ゲームと言われて・・・
真っ先に思い浮かんだのは『王様ゲーム』(-。-)y-゚゚゚
王様の言うことは絶対ですよね(^^;)
大人の現実的内容ですネ
ずっとの読者ですが・・・従来は、えてして、妄想の中の刺激的内容が多かった気もしますが、今回は、誰もが潜在的に持つ【寝とられ】が主題の様です。
興味津々で次の展開を待ちます。
    
今回から、次の掲載日が記載されてあるのが素敵です。
今迄は、判らない中でいらいらしながら掲載を待ったものです。
お礼を申します。

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