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夫の秘密、或いは妻の秘め事(15)

2014 09 08
奇妙なレストランだった。このようなスタイルで食事をする空間は、少なくとも希美子にとっては未知の世界であり、先刻から確かな戸惑いを抱えたまま、席に座り続けていた。

食事自体は、豪華なものだった。普段の生活ではまず縁がないであろう、一流のフランス料理だ。上品なグラスに注がれた黄金色のワインを見つめ、希美子は視線を再び周囲に投げた。

かなりのスペースを割いた広大なレストランだ。都心部から湾岸を横浜方面に向かい、急ピッチで街並みが変化している辺りにある、新築ながら目立たぬビルの上層階にあった。

「こんな招待券を会社の人間からもらってね」
夫、秀人が希美子にそう切り出したのは、8月の終わりだった。そう、あれは確か、希美子が夫の担当医師である柴田と再会した日から、1週間ほど経った頃だった。

「食事券のようなものかしら・・・・・・・」
夫が見せてくれた紙片には、レストランと思われる名前、恐らくは供される食事なのであろう、何皿かの写真、そして、特別優待券、という太いゴシック文字が印刷されていた。

「まだ新しいみたいでね。あまり世間には知られてないようだ」
「無料なの? 随分この食事は高そうに見えるけど」

「ああ。社内にこのレストランの立ち上げに関わった連中がいてね。そのコネらしい」
「この券だけじゃ、あまり内容もわからないわね」

あの海岸に出かけてから、もう幾日もが過ぎている。柴田に告白した通り、夫は妻である私に対し、あの日、明らかな誤解を抱いた。希美子は、そんな意識をずっと持ち続けていた。

だが、夫は全くそんな素振りを見せなかった。完璧といっていいいほどに、妻に対して己の心深くに秘めた欲情を隠し続けている。希美子は自らの計画をどう実行に移すか、迷いを感じていた。

再び、夫の性癖を暴くことができるような、そんなシチュエーションを作り出す。柴田から、既にいくつかヒントももらっている。妻が夫の前で、危険な目にあうような設定を再びどう作るか。

希美子がその決断に、いまだ迷っているときだった。夫にその食事券のことを切り出されたのは。夫とそんな風に外に食事に行くことも、最近ではほとんどない。

ごく軽い気持ちで、希美子はその提案に乗った。しばしの間、自分自身の計画を忘れ、リラックスした時間を夫と過ごすのもいいだろう。計画の続きは、その後にすればいい。

この場所に来た経緯をそんな風に思い出しながら、希美子は周りを見つめた。客は全部で50名ほどはいるだろうか。距離を置かれて設置されたテーブルは、どれも埋まっている。

希美子たちのように夫婦、カップルで来ている30代から50代の客が多い。男性だけで来ている客も結構いるようだ。だが、希美子が戸惑ったのは、広い食事スペースだけではない。

客が食事を摂るテーブルは、巨大な半円を描くような形で設置されていた。そして、その半円の中には、ダンスを楽しめるスペースがあり、揃いのスーツを着た生バンドが奥にいた。

ダンスホールと高級フランス料理店が一緒になったような場所といっていいのかもしれない。昭和を思わせるような雰囲気と、時代の最先端を行っている匂いが、妖しげに混在している。

「これって、やっぱり踊るためにあるのかしら」
丁寧にフォークを運びながら、希美子は目の前に座る夫にそう聞いた。

「そうだろうね。食事だけでなく、その後に酒をゆっくり楽しんでくれってことなのかな」
仕事帰りの夫は、カジュアルな格好で通勤する普段とは違い、今日はスーツにネクタイというフォーマルなスタイルである。この場所に来ることを意識したものだった。

そして、それは希美子も同じだった。結婚直後、誰かの結婚式二次会か何かに参加した際に準備した、黒色のシックなワンピーススタイルのドレスを、希美子は久方ぶりに身に着けた。

膝丈のスカートは僅かにスリットが入り、人妻の美脚をその隙間から覗かせ、エレガントさとセクシャルな魅力を漂わせている。首元の白い肌には、シルバーのネックレスが輝いていた。

大半の客が食事を進めている中、生バンドが静かな音量でジャズを奏でている。さすがに構造上に無理があるのか、広いダンススペースには、何本かの柱があり、視界を一部遮っていた。

普段はあまりたしなまないワインだが、希美子は店内を上品に歩き回る男性給仕に促されるまま、何杯かを楽しんだ。心地よい酔いと共に、店の雰囲気が次第に馴染んでくる。

各テーブルの客は、ほぼ同じようなペースで食事を進めていた。或いは皆、開店直後のこのレストランに招待された客なのかもしれない。希美子はそんなことを考え、夫を見つめた。

この人が、妻である私がいじめられる光景を見て・・・。いまだ、信じたくはない事実だった。希美子には、夫が抱えるその屈折した欲情を、どうしても理解することができなかった。

あの海岸での出来事を、希美子は極力忘れ去ろうとしていた。夫の姿を想起するのが嫌だっただけではない。自分がそこで与えられたことを思い出すことが、希美子は怖かった。

大学生たちとの海の中でのささやかなたわむれ。揺れる波の中で瞬時に重ねられた唇の感触。海中で接してきた若者の、情熱的に硬くなっていた下腹部の刺激。

そして、あのマッサージ師の指先が与えてくれた濃厚な快感。10本の指でたっぷりと愛された胸の膨らみ。指先、唇でいじめられ、戸惑うほどに濡れてしまった秘所。

あのとき、私はかつて知らないほどにたっぷりと濡らされていた。彼に唇を吸われながら、指先であそこを限界寸前にまで追い詰められたとき・・・・・・・。

そう、限界寸前にまで・・・・・・・・・。彼は、まるで焦らすように、崩壊寸前の人妻への責めを直前で止めた。そして、私の体は、どこかで今もあの向こう側にあった刺激のことを・・・・・・。

変なことを考えちゃ駄目・・・・・・。今夜は全て忘れて食事を楽しむんでしょう・・・・・・。

希美子がそう自分に言い聞かせ、テーブルに置かれたデザートの皿を見つめたときだった。ダンススペースの気配が変わっていることに、希美子は気づいた。

「やっぱり踊る人もいるようだね」
夫がそう教えてくれるのを聞き、希美子は視線をそちらに投げた。

何組かのカップルが、そのスペースに散らばって踊り始めている。穏やかでムーディーな音楽にあわせるように、彼らのダンスは皆、アダルトな雰囲気漂う上品なものだった。

テーブルを立ち、ダンスフロアに向かう客たちが少しずつ増え始める。皆、男女のカップルであり、その年齢層も40代、或いは50代といった中高年の裕福そうな客ばかりであった。

「我々は、別にいいよな」
「そうね・・・・・・・・・」

夫の言葉に、希美子は迷うことなく同意した。過去に、二人で踊ったこともなければ、希美子自身に特にそんな嗜好もない。羞恥の感情が、やはり先に出てしまう。

かつての恋愛時代を思い起こすように、フロアのカップルたちは楽しげに踊りを続けていく。固く手を握り合い、肢体を密着させ、チークダンスのようなスタイルで踊る客も多い。

「何だか変な気分ね。こんな風景を見せつけられてしまうと」
希美子は、素直な感想を告白した。

何杯かのワインで火照った肉体を抱えながら、希美子は見知らぬカップルたちが寄り添って踊る様子を眺めつづけた。何組かの男女は、踊りながら、濃厚な口づけを交わし始めている。

「いやだわ・・・・・・・・・」
息苦しいような気分が、希美子を包み込んできた。それは、あの海岸で味わったのと同じ類の息苦しさだった。性的な誘惑をはらんだ、何とも妖しげな熱を伴っている。

まさか、このレストランでこんな気分にさせられるとは思わなかった。目の前の夫もまた、予想していなかったかのように、その視線を周囲に落ち着かない様子で投げている。

「あなた、そろそろ帰りましょうか・・・・・・」
希美子が、夫にそう告げたときだった。

「失礼ですが、奥様、ですか?」
落ち着いた男性の声が、希美子の背後から突然かけられた。

「え、ええ・・・・・。私の妻ですが・・・・・・・・」
希美子の背後に立つ初老の男性に、秀人は少し慌てた様子で答えた。その男は、明らかに希美子のことを示して、秀人にそう聞いたのだ。

50代半ばだろうか。白い麻のスーツを上品に着込んだ長身の男性だ。ロマンスグレーの髪は丁寧に整えられ、僅かに陽に焼けた肌が、男の色気と共に艶めいている。

「誠にぶしつけなお願いなんですが、奥様をしばらくお貸しいただけませんか?」
男の言葉に、希美子は驚き、思わず背後にいる彼のことを見つめた。

「一緒に踊っていただきたいんです」

その言葉は、希美子の何かを瞬時に揺さぶった。言葉に詰まったまま、希美子はダンスフロアを見つめた。更に多くのカップルが、より濃厚なスタイルでダンスを堪能し始めている。

そして、希美子は目の前の夫を見た。夫もまた、妻のことを見つめ返した。視線を絡めながらも、しかし、希美子は拒絶の意志を夫に伝えることができなかった。

既にわかっていたのだ。夫がその男にどう答えるのか、を・・・・・・・・・。


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Comment
新章突入!
未だ、絶頂を知らない希美子さんは、夫の目の前で曝け出してしまった己の痴態を理解出来ず、悶々とする日々。そんな希美子さんの前に、海で出会った学生などより、遥かに手強いオジ様が。希美子さんが、どんな官能の表情を見せてくれるのか、次回が楽しみです。

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