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夫の秘密、或いは妻の秘め事(21)

2014 10 08
夫、秀人の何かが変わったのは、あの食事からしばらく経った頃のことだった。

ここ2年ほど、希美子と夫の間では、夜の行為の回数はすっかり減っている。仕事に多忙な秀人は妻の体を抱こうとはせず、希美子もまた、自分から求めようとはしなかった。

夫婦間が倦怠期ともいえる状態に陥っていたそんな頃、希美子は柴田から夫の秘密を知らされた。妻が別の男に何かされるのを想像して興奮を得る、という彼の秘めた欲情を。

そして、希美子は海岸に、或いは夕食に夫と共に出かけた。そこで、夫の欲情の一端とも言えるような何かを感じながらも、しかし、希美子は確信するまでには至らなかった。

希美子は、もっと明確にそれを把握し、夫をその懊悩から救い出したいと感じていた。そんな時だった。夫が明らかに以前と違う姿を妻に見せ始めたのは。

秀人は、希美子の体を急に求め始めた。かつて見せたことのないほどに、激しい興奮を隠そうともせず、夫は息を荒げ、妻の体を貪るように己の性をぶつけてきた。

「あなた・・・・・、どうしたの・・・・・・・・・・・」

困惑と同時に、希美子は嬉しくもあった。夫がなぜそんな風に突然変わってしまったのか。それが気になりながらも、希美子は妻を欲する夫のことを全身で受け入れようとした。

しかし、そこには二人が想像もしていなかった罠が潜んでいた。

「希美子・・・・・・、やっぱりよそう・・・・・・・・・」
毎晩、行為が激しくなるべき段階で、夫はそれを放棄し、妻の肉体から手を退けた。

そして、希美子は知った。夫の男としての肉体が機能していないことを。あれほどに興奮を示しておきながら、クライマックスに近づく段階で、夫は硬い興奮を肉体から逸してしまうのだ。

39歳の男性が、果たしてそのような悩みを抱えるものなのか。希美子にはわからなかった。だが、毎晩のように同じ現象が続き、希美子はやがて何かを把握したような気がした。

そこには、夫の根本に抱えた悩みが関係している。別の男性に妻が何かをされることを強烈に意識するあまり、いざ自分が抱こうとしても、もはや興奮を得られないのではないのか。

突飛な考えのように思えるが、希美子はやがて確信に至るようになった。海岸、そしてレストランという二つの経験を経て、夫の症状は更に悪化したのだ、と。

「私・・・・・、何を話しているのかしら・・・・・・・・・・」
柴田の前で、希美子はふと我に返ったようにつぶやいた。

秋の陽が少しずつ傾き始めている。夕刻が近づくにつれて、カフェテリアの客数は更に増えているようだ。希美子は柴田の前で同じ席に座り、いつしか全てを告白していた。

「奥様、医師の私にもそれはとても興味深い話です」
洗いざらい話してしまった人妻を労うように、その医師はゆっくりと言葉を発した。

「ご主人はそのような秘密を私たちに教えてはくれませんでした」
「そうですか・・・・・・・・・」

「お話を聞く限り、奥様の想像は間違っていないような気がします」
「・・・・・・・・・・」

「私たちがご主人に仕組んだことが、逆効果に働いたのでしょうか」
「逆効果・・・・・・・・」

「ご主人が、ご自分の過ちに気付くのではなく」
「逆にもっと深いところに行ってしまったと・・・・・・・・・」

「そうですね。刺激的な光景を生で見て、更に激しい欲情を知ってしまったんでしょうか」
「・・・・・・・・・・・」

「奥様がただ自分の腕の中にいるだけでは、もう満足できないのかもしれません」
目の前の人妻の戸惑いの表情に、柴田は自分が話し過ぎたことに気付く。

「すみません、酷いことを言ってしまいましたね」
「いえ・・・・・・、私もそう思いますから・・・・・・・・・・・」

2人の会話はしばらくの間、途絶えた。何を話し、提案していいのか、その答えを宙に探すように、希美子はぼんやりとした視線を店内に動かし、そして柴田のことを見つめた。

柴田もまた、何かに迷っているようだった。希美子のことを優しげに見つめながら、店員に紅茶のお代わりを要求した。運ばれてきた熱いカップを、希美子は大切そうに包み込んだ。

「奥様、先ほどの質問をもう一度させてください」
会話を再開したのは、柴田のほうだった。

「奥様はこれからどうなされたいと感じてらっしゃいますか?」
希美子には、すぐに答える勇気がなかった。考えははっきりしている。夫の全てを理解し、彼を変えることができるのであれば、どんな方策を使ってでもそうしたい。

だが、いったいどうやって。夫は新たな悩みを抱えているというのに・・・・・。

「奥様、ここからは二つの道に分かれていると思うんです」
「二つの道?」

「一つはここで全て止めて、ご主人にはもう何もしない、という道です。このまま放っておいたら、ご主人がどうなるのか。それを長い時間をかけて、見守っていくというやり方です」

それでもいいのかもしれない。希美子は体奥のどこかでそう感じている。これ以上何かを無理に仕組んだなら、自分自身があらぬ方向に行ってしまうような危惧が、希美子にはある。

「もう一つの道は、それとは正反対です」
柴田の視線が、希美子を鋭く射抜く。

「もう1回、ご主人を試してみるんです。奥様を別の男の手から救い出すという行動を、ご主人が本気で選択するような場面を何とか作り出すんです。そうすれば」

希美子は僅かな緊張を感じながら、柴田の言葉を待った。

「あからさまな表現をお許しください・・・・・・・。奥様を抱いても興奮しなくなった、というご主人のお悩みが事実なのかどうか、その答えもはっきりするような気がします」

医師のメッセージは、至極簡単なものだった。要は、これまでよりもっと過激なシチュエーションを夫の眼前に提示し、その反応を探ればいい、ということなのだ。

希美子はためらいながらも、そうはっきりと柴田に聞いた。

「まあ、わかりやすく言うとそういうことですね」
柴田は少し笑みを浮かべ、希美子にそう答えた。漂っていた緊張がふっと和らぎ、希美子は軽く息をついた。そして、柴田の本心を知ろうとするように、彼を見つめた。

これまでより、もっと過激なシチュエーション。別の男に何かをされる妻の姿だけにしか、夫は興奮を感じ取ることができないのか。それを確かめることができるようなシチュエーション。

これまでのように、夫から遠く離れた距離、或いはカーテンや柱で遮られた空間では駄目だ。例えば、夫のすぐ目の前で、別の男の人に・・・・・・・・。

私、そんなこと・・・・・・・・・・・。

喉がひどく渇いていることに、希美子は気づいた。


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