FC2ブログ

夫の秘密、或いは妻の秘め事(36)

2015 01 14
おまえは己の病んだ欲情を克服したはずだろう・・・・・。

鍵をかけたはずの心の奥。そこから何かが這いだそうとしているのを感じる。やめておけ・・・・、このままホテルに帰った方が身のためだ。

秀人はそんな声をはっきり意識しながらも、しかし、そうするわけにはいかなかった。映画館前に貼られたポスターの写真、そこにいる一人の女性の裸体を、彼は凝視した。

希美子・・・・・、まさか・・・・・・・。見つめるほどに、そこにいるのは妻の姿に見えてきた。小さくカットされた写真であるため、いったい場所がどこであるのかわからない。

瞬間的に、秀人はあの高層ホテルのレストランの個室を想起した。だが、わずかに確認できる背景は、明らかにあの個室とは違うものだった。

一般的な自宅の寝室といった雰囲気が濃厚の場所だ。勿論、自宅ではない。だが、場所などはどうでもよかった。秀人はその女性に背後から襲い掛かっている男の姿を見つめた。

表情ははっきりわからない。ただ、随分と若い男性のようだった。肌が若々しく、筋肉質の肉体をしている。その男に、女性はバックから貫かれ、恍惚の表情を浮かべているのだ。

罠だろうか・・・・・・。一瞬、秀人はそう思った。俺の病が本当に克服されたのかどうか、それを確かめるための、これは罠ではないのか。そんな奇想天外な空想さえ、彼は抱いた。

「いやあねえ・・・・・・・・・・・」

くすくすと笑いながら闇の中を歩いていくカップルに、秀人は再び気づく。ポルノ映画館の前で立ち尽くす自分のことが笑われているような気がする。いや、実際、そうなのかもしれない。

そこから先、秀人にははっきりとした記憶がなかった。気付いたととき、彼は映画館の重いドアを開け、その中に足を踏み入れていた。

スクリーンに上映されている映像に、瞬間的に視線を投げる。人妻と思われる女性が、車の中で男に唇を奪われているシーンであった。希美子ではないことを、秀人は確認する。

「とにかく座るんだ・・・・・・・」
自らにそう言い聞かせながら、秀人は館内の様子を改めて観察した。

想像以上に暗い空間だ。非常口を示す灯りがスクリーンそばにあるが、他は漆黒の闇に包まれている。昔訪れた、どこか海外の映画館が、こんな風に極端に暗かったことを思い出す。

最初、客がいるのかもどうかも、秀人にはわからなかった。立ったまま、目を凝らしていくうちに、少しずつ客らしい姿が見えてきた。

館内は思ったよりも広いようだった。座席数は200から300ほどはありそうだ。だが平日の午後9時を既に過ぎたころだ。客はまばらで、ぽつりぽつり、としか席は埋まっていない。

やや後方の、誰も座っていない列を見つけた。そこの中央付近にまで行き、腰を下ろす。そして改めて周囲を見つめた。前にも横にも後ろにも、近くには誰もいない。

これであれば、じっくりと映像に集中できるかもしれない。秀人はまだ、冷静さを失ってはいなかった。あくまでも、妻がこの映像に出てくるのか、それだけを調べようとしているのだ。

俺は己の欲情をここで満たそうとしているのではない。既に、そんな想いを捨て去ることに成功したのだ。呪文のようにそんな言葉を繰り返しながら、視線をスクリーンに注いだ。

「あっ!・・・・・・、あっ!・・・・・・・・、あっ!・・・・・・・・・・」

いつしか、男女の絡みが始まっていた。ファミリーカーと思われる小型車の助手席に男が座っている。服を着たままそこに跨った人妻が、淫らに腰を振り、声をあげている。

「奥さん・・・・・、ほら、いいだろう・・・・・・・・・・・・」
「ああっ・・・・・・・・・・・・、ああっ、いいわ・・・・・・・・・・・・・・・・・」

安易とも形容できそうなセリフを口にする人妻役の女性は、果たして素人なのかプロなのか、秀人には想像がつかなかった。だが、二人が交接しあっていることは想像できた。

勿論、映像でははっきりとは確認できない。だが、秀人は本能的に感じた。いや、無意識のうちに願望を抱いていた。この人妻は、本当に犯されているのだと。

「旦那がこんなところ見たらどう思うかな・・・・・・・」
「言わないでくださいっ・・・・・・・・・・・」

「いいんだろう、旦那より、俺にされるほうが・・・・・・・・・・」
「ああっ・・・・・・、ああっ、凄いっ・・・・・・・・・・・・・・・・・」

秀人の永遠に秘匿したはずの欲情を刺激するような言葉が、スクリーンの中で繰り返される。息を呑んだまま、秀人は男女の姿を見つめ、一方で平静を保とうとした。

やがてその二人のシーンが終わり、次の男女のSTORYが始まった。酔った夫と共に帰宅した同僚に体を奪われる人妻という、これまたお約束の話であった。

こんな映画を見にくる連中はいったいどういう輩なんだろうか。俺と同じような困惑を抱えた男に違いないが・・・・。秀人は冷静さを維持するためにも、周囲の様子に再び視線を投げた。

おや・・・・・・・・

秀人はそのとき、初めて気付いた。自分の列から3列ほど前、僅かに斜め前方に座っている客のことを。正解に描写すれば、それはどうやらカップルのようだった。

男女でこのような映画に来るとは、いったいどうしたことだろう。互いの欲情を知ったうえで、敢えてそれを刺激しあおうとこのような寝取られものの映画館に足を運んだとでもいうのか。

3月末ではあるが、地方に来ているせいだろうか、妙な寒さを感じる。実際、映画館の暖房も抑えているようだ。カップルは共に厚いコートを着たままで、そこにいた。

後ろ姿だけであり、二人の様子はほとんどわからない。それにほぼ正面に彼らはいる。横顔も確認することができない。そもそも、ここは深い闇に包まれているのだ。

秀人は少し疑問に思った。果たしてこの二人は自分よりも前にここにいたのだろうか、と。席を探しているとき、秀人は2人に気付かなかったし、それは座ってからもそうだった。

映画に見入っているうちに、二人は来たのだろうか。だが、ほぼ正面と言ってもいい席だ。新たに来た客であれば、恐らくは気づくに違いない。

そんなことを思いながら、秀人は2人の観察を続けた。女性はどうやらスカーフで髪を包んでいるようだ。それもあって容貌はもとより、雰囲気すらもわからない。

ただコートを着ているらしいことだけは、何となく感じられる。隣の男はやや大柄な男のようだった。これも暗闇の中の後頭部だけでは、勿論何もわからない。

スクリーンでは、同じ話が続いている。人妻役は、やはり希美子ではない。妻に似ている、というのは、俺の勘違いだったのかもしれない。いや、きっとそうだ。

そんな確信を抱き始めると同時に、秀人の関心は数列前に座る男女の姿に移り始めた。姿勢を正して座り、勿論、会話をする気配もない。だが、どこか不自然な雰囲気があった。

秀人は最初、それが何に起因するのかわからなかった。だが、しばらくの後、彼は気づいた。姿勢よく座る二人だが、微妙にその肢体が揺れているのだ。

男性のほうもそうだが、女性の肢体のほうが、やや揺れ幅が大きいようだった。あたかもそれは、何かを嫌がっているような、そんな雰囲気がある女性特有の動きだった。

男が女を触っている・・・・・・・・。秀人はとっさにそう感じた。恐らく、椅子の上で、男は隣に座る女に手を伸ばし、その肢体のどこかを触り続けているのだ。

厚いコートを着ている以上、その上から女性の脚を撫でているのか、或いは、手を握り合い、刺激し合っているのか。秀人は想像を巡らせながら、二人の姿を見続けた。

だが、やがて秀人は別の予感に包まれていった。それは、想像さえしていなかった予感であり、全てを引きずり込んでしまいそうな深い闇を伴った予感でもあった。

まさか・・・・・・・・・・・・・

錯覚、或いは思い込みなのだろう。秀人は何度もそう思った。強烈な喉の渇きと、激しい鼓動。秀人がそれを感じるのは、希美子が岸野に犯された、あの夜以来であった。

至近距離にいる二人の姿が、秀人のよく知っている男女のように思えてきたのだ。

秀人が混乱を抱え始めた瞬間、そこに座る男女が口づけを交わした。


(↑クリック、励みになります。凄く嬉しいです。次回更新、1月16日予定です)
Comment
お帰りなさい!
毎日、更新を心待ちにしてます
映画館の映像が奥様で無かったのが良かったのもつかの間、少し前の席の男女が見覚えのある人がきになりますね。ご主人を導く企みなのでしょうか。意図的な。
お帰りなさい。
お年玉代わりの希美子さん頂きました。次の展開は、ご主人の不治の病、それとも、お預けくらいまくりの希美子さんの秘め事。ご無理なさらず、次回を楽しみにしてます。

管理者のみに表示