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夫の秘密、或いは妻の秘め事(完)

2015 02 13
「じゃ、こちらのアイスピーチティーにしようかしら」

梶野希美子はカラフルなメニューをしばらく眺めてから、店員にそう告げた。

アルバイトと思われる若い女性店員は、注文用の端末機を握りしめながら、不思議そうな顔をして目の前の客を見つめた。その視線は、どこか眩しそうであった。

「あ、あの・・・・・、よろしいんでしょうか」
「えっ?」
「アイスで・・・・・・・。今の季節、ホットがお勧めですが・・・・・・・」

店員の口ぶりには、嫌な印象を与えるような雰囲気はまるでなかった。浅い経験なりに自分が感じたことを、ただ素直に口にした彼女に対し、希美子は笑みを浮かべた。

「そうね。まだ3月だし、寒いわよね、外は」
「今日は特にそうみたいですね」

希美子は店の外に広がる光景に視線を投げた。都心のカフェテリアの外に広がる眺めは、あのときと同じだった。多くの人々が何かに追われるように、忙しげに行きかっている。

服装だけが違うようだ。そう、あれは確かまだ、梅雨があけたばかりの頃だった。

「いいのよ、アイスで。この店で以前飲んだ味が忘れられないの」
「そうですか。かしこまりました!」

まるで自分のことを褒められたかのように恥ずかしげに笑みを浮かべ、店員はテーブルを去った。希美子は彼女の後姿を見つめ、そしてまた、外の光景に視線をやった。

春の到来はまだ先のようだった。不安定な天候が続き、今年は桜の開花も遅れるだろうとの予報が出ている。希美子自身もまた、不安定さを抱えていた。

だからこそ、再びこの店に足を運んだのだ。

全てはあの日、この店から始まった。夫のことを彼に相談し、様々なアドバイスをもらった。ただそれに従い続け、その結果、確かに夫は回復を果たしたのかもしれない。

しかし、それは別の患者を産み出すことになった・・・・・・。

「お待たせしました。アイスピーチティーです」
「ありがとう」

以前と同じように、希美子はシロップをたっぷりと入れ、冷えたピーチティーを喉に流し込んだ。それは、しかし、希美子の体奥に存在する妖しげな熱を冷ますことはなかった。

私はいったいどこに向かうのだろう。一度、覚えてしまったあの場所への入口の気配。その存在を知ってしまった以上、もはや、そこに行かないわけには・・・・・・・。

「やあ、お待たせしました」
唐突に声をかけられ、希美子は思わず身を固くした。見上げた視線に、柴田の姿が捉えられた。

カジュアルなブレザーにデニムという格好は、とても医師のそれではなかった。だが、彼が着るだけで、そこには不思議に上品な雰囲気が漂っていた。

「まだ寒いのに、アイスですか?」
「ええ。最初に来た時・・・・・・・、あの時の自分をもう一度探そうと思ったものですから」
「なるほど」

人妻の、まるで劇中のようなその言葉を、医師はしかし否定しなかった。目の前の人妻は、確かに以前の自分を取り戻そうとしているのだろう。医師はそう考えているようだった。

ホットコーヒーを頼んだ彼と、希美子はしばらくの間他愛もない世間話を続けた。毎日、柴田は忙しいようであった。そこには、夫の訪問も含まれているのだろうか。

「ご主人がいらっしゃることはもうありませんね」
「そうですか・・・・・・」

「一応の回復に達したと判断して、本人にもそう伝えました。それ以来、いらっしゃっていないということは、お悩みが以前ほど深刻なものではなくなったんでしょう」

「・・・・・・・・・・」

「ただ、その代償に奥様が、というわけですね」
「柴田さん、どうして・・・・・・・・・・」

「ぼんやりとこのカフェでお座りになっているお姿を見れば、すぐにわかりますよ。これでも職業柄、様々な方とお会いしてますからね」

「では・・・・・・、私がどんな悩みを抱えているのかも、おわかりかしら」
試すように、希美子は彼の瞳を見つめた。人妻の美貌に、その医師は確かな刺激を受けたようだった。

「ええ・・・・・・、そうですね、ぼんやりとですが、わかっているつもりではいます」
「・・・・・・・・・・・」
「私からお話しましょうか?」

柴田は、そして、希美子が抱えているであろう秘密につき、ささやくような口調で話し始めた。最初は医師を見つめていた人妻は、やがて、耐えきれないように下を向いたままとなった。

「どうでしょうか、奥さん」
「・・・・・・・・・・」

想像。いや、妄想・・・・・・・・・。医師の推測には、そんな言葉が多く含まれていた。平凡な主婦が、その単調な生活の中で何を想像、或いは妄想するのか。

勿論、それは自由であり、無償で楽しめる娯楽なのだろう。この時代、主婦という立場にいる女性には、妄想を抱くことぐらいしか楽しみは存在しないのかもしれない。

だが、その妄想に自らが足をとられ、身動きができなくなったとすれば、話は別だ。簡単に抜け出せたはずの妄想の世界が、やがて力を帯びてくる。

そして人妻は、妄想の世界で生きることに憧れ始める。妄想が現実を逆転し、そこにいる自分が本当の自分になっていく。自分がいたはずの世界には、もう戻ることはできない・・・・・。

「ご主人のお悩みを回復させるために、奥様は過去に体験したことのないような、様々なシチュエーションを経験した。まるで知らなかったこと、その存在に初めて気付いた」

「・・・・・・・・・・」

「もっとそれを極めたい。それを毎日想像せずにはいられない。奥さん、そうですね?」
「ええ・・・・・・・・・」

「例えば、どんなことを想像なさっているんでしょうか。家事を一段落させ、ゆっくりとお茶を飲み、読書を楽しんでいるとき、例えば何を想像してしまうんでしょう。いや、勿論おっしゃりたく」

「いえ。話します・・・・・・。全部お話しますわ。そのために今日ここに来たんですから」

ほぼ満席のカフェテリア。しかし、客たちは隣のテーブルの様子にはまるで無関心だ。ハンサムな医師と美しい人妻の会話であっても、気にしている人間は誰もいない。

焦らすような、息が詰まるような沈黙がしばらく続いた。

そして、希美子は告白を始めた。

「男性しか行かないような映画館・・・・・・・・、そこに私がいるんです・・・・・・・・・・・」
「続けてください」

「夜、客はまばらです。私は知らない男にそこに連れてこられます。分厚いコートの下には、いやらしい下着しか身に着けていません。それも男の指示です」

「・・・・・・・・・」

「スクリーンでは人妻を題材にした猥褻な映像が流れ続けています。そんな映画館の座席の上で、私はその男に全てを奪われてしまうんです。とても、とてもエッチな体位で・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「裸にした私の体を、男が貪るように舐めつくしていきます。男の上に脚を広げて座り、私は自分から腰を振ることを要求されます。私は男にしがみつき、喘ぎ声を漏らし始めます」

「・・・・・・・・・・・」

「その様子を見た他の何人かの客、或いは館内の清掃スタッフが私の周りにやってきます。そして、私は男たちに順番に犯されていくんです。時間をかけて、あらゆる体位で・・・・・」

「奥さん・・・・・・・・」

「男たちの欲情は果てることはありません。映画館の外に私を連れ出し、深夜の公園のトイレの中で、私を激しく犯します。そして、いつしか私は男たちの行為に・・・・・・・・」

「奥さん、もう十分ですよ」

「いえ・・・・・、もう一つだけ、決定的な要素があるんです・・・・・・・・」
「決定的?」

「私がそんな風に他人に抱かれる姿を、主人がずっと見ているんです・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「全裸で複数の男に凌辱され、何度も達してしまう妻の姿を、主人が・・・・・・・・・・・・」

再び沈黙が訪れた。店内の客たちの喧騒、外に広がる大都会の騒音、そんなものと二人は完全に、今無縁だった。人妻の表情は、明らかに官能の熱を帯びていた。

二人は黙りつづけた。

そして、医師が言った。

「いったん出ましょうか、奥さん」

若い女性店員は、薄闇が広がりつつある外の雑踏の中に消えていく二人の男女を、いつまでも見つめ続けた。そこに隠された秘め事の存在には決して気づくこともなく・・・・・・・。

<完>


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>>長い間、ご愛読ありがとうございました。 新作、2月20日からスタート予定です。引き続きどうぞよろしくお願いします。  のりのり
Comment
世にも奇妙な物語
どこまでが本当のことで、どこからが幻想の世界なのか?ちょっと変わった人妻の物語。希実子さんの痴態は、御主人の願望だったんでしょうか?それとも、希実子さん自身の?
この店員さんが?
次の主人公なの?ウエストくびれてそう。腹筋割れの若いヤリチン君に抱かれてほしいな。おっさんはちょっと堪忍(^^;)
妄想や想像は時間や場所を選ばないし自由だけど、敏感すぎるぐらい身体が反応しちゃうからホドホドにしたいです(^^ゞ
作品お疲れさまでした。柴田先生に行為を言葉で説明する希美子さんにわたしが照れてしまいました(*^.^*)
お疲れさまでした
なるほどこういうエンディングもあるのですね!
秀人さんのは、あれは「予知夢」だったのかなあ、とかいろいろ想像してます。
次回作楽しみにしています。
凄く興奮しました。
私も興奮しました。私の場合は、最終話は希美子さんが柴田さんから呼び出された時のお話と思いました。その時に映画館へ行って自分の願望を叶えたい事を柴田さんに告白してそれを実現したんだと認識しております。私はのりのりさんの作品の中で一番好きな作品でした。正直最終話になるとは思いませんでしたので凄くショックでしたが、このような終わり方をさすがとしか言いようがありません。次回作品も期待しております。ありがとうございました。
次回作も楽しみです
再会開けから一気に読ませていただきました。二人で共有する現実にそれぞれが思う幻想。素敵な作品でした。読みながら頭の中はポールマッカートニーが流れっぱなしでした。昔に見たトムクルーズの映画だったかな?その映画を思い出しながら読んでました。
高層レストランで抱かれた岸野さん。奥さんを亡くされた設定で一人だったけど、女性同伴で希美子さんをいじめてほしかったです。最初のビーチバレーの罰ゲーム興奮しました。わたしも若い男がいいです(^_^)


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