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刻み込まれた快感(2)

2015 02 25
「あいにく、今は生徒数が多いんですよね」

朱里は、書道教室として使っている自宅の和室で彼にそう言った。

この教室に通いたいと希望する彼は、午後4時過ぎにここにやってきた。子供たちの教室がまだ終わっていない旨を説明したところ、彼は玄関わきで1時間以上も静かに待っていた。

「朱里先生、さようなら!」
「先生、またね!」

書道の教師ではなく、子供たちは皆、朱里のことを近所の姉さんか何かのように思っているらしかった。37歳の人妻だが、朱里にはまだ若々しさが十分に残っている。

夕刻、子供たちが習字道具を抱えながら走って、或いは自転車に飛び乗って家路に向かう姿を、その男は穏やかな表情で見つめていた。朱里はそんな彼を自宅に招き入れた。

この書道教室に、彼のような年齢の生徒はいない。中学生が何名かいるものの、生徒の大半は小学生だ。高校生以上、まして大人の生徒など、未だかつて来たことがない。

それに、生徒数は既に飽和状態に達しつつあった。朱里はそれを素直に話した。

「そうなんですか・・・・・・」

姿勢よく座布団の上に正座をしながら、男は残念そうに言葉を漏らした。正面に同じ姿勢で座る朱里のことを、彼はじっと見つめていた。

大人とはいっても、まだ若い男だった。20代前半だろうか。白いシャツにスラックスという小奇麗な格好は、細身でハンサムな顔立ちの彼によくマッチしていた。

真面目なサラリーマンという風に見えなくもない。朱里は男のことを見つめながら、少し不思議に思った。平日の昼間に、どうしてこんなところに来れるのかしら。

「仕事がほとんど夜勤なんです」
「えっ?」

朱里は自分の疑問を察したような彼の言葉に、少し驚いて声を漏らした。

「セキュリティ関連の仕事をしているんですけど、夜勤が多いんですよね。それで平日の昼間でもこんな風にふらふらできるってわけなんです」

「あら、寝ないんですか?」

彼の人懐っこい雰囲気に引き込まれるように、朱里は思わず笑いながらそう聞いた。その口ぶりは、弟に話しかける姉のそれのようでもあった。

「ははは、それは寝ますよ。でも昼過ぎには起きちゃいますね」
「そうかもしれませんねえ」

「僕は、その・・・・・・・、字が昔から下手なんです」
「字が?」

「ええ。今でもやっぱり実際に字を書くことは多いじゃないですか」
「メールやらが増えても、実際に書くことだってやっぱりありますからね」

「そうなんです。何とか上手な字を書きたいなって、昔からずっと思ってたんです」
「それで、ここの教室を?」

「はい。たまたまこのペラを手に入れたものですから」
「あら、たまたま?」

「あっ、いや、その・・・・・・・・・」
「ふふふ」

朱里は、はにかんだ様子の若者を改めて見つめた。

こんな年齢の生徒はいないが、彼の気持ちを無視するのも少し悪いような気がした。悪い人間ではなさそうだし、夜勤で懸命に働く彼の姿を想像すれば、なおさらそう思えた。

「お名前は何ですか?」
「名前ですか? 早川ですが・・・・・・・」
「じゃ、早川さん、ここにお名前を書いてもらえますか」

書道教室の先生らしく、朱里は子供たちに何か課題を与えるような口調でそう言った。笑顔の人妻講師に対し、早川と名乗る若者もまた、恥かしそうに笑った。

朱里が用意した便箋に、早川はボールペンで丁寧に自分の名前を書いた。どれどれ、といった雰囲気で朱里はその字を確認し、そして、続けて笑みを浮かべた。

「あら、これは少し練習したほうがいいかもしれませんねえ」
「ですよね・・・・・・・、いや、恥かしいな・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ふふふ、大丈夫ですよ。えっと・・・・、じゃあどうしましょうか」

曜日は不特定だが、週1回のペースで中学生を対象にした授業があった。午後4時からとやや遅い時間の開始で、生徒数はいつも一人か二人と、少なかった。

「えっ、いいんですか?」
その授業への参加を提案された早川は、子供のように声をあげた。

「いいですよ。そこなら何とか枠を確保できそうですから」
「ありがとうございます!」
「字の上達に少しでもお役に立てるのであれば、喜んで教えますわ」

そして、早川は翌週から朱里の教室に通い始めることになった。

まだ子供みたいな人だわ。その時の朱里は、彼のことをそんな風に感じていた。


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人妻朱里先生が、堕ちていくことを期待しています

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