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刻み込まれた快感(3)

2015 02 27
「へえ、大人にまで教えるのか、朱里が」

早川と名乗る若者が書道教室に通い始めることを聞いて、朱里の夫、俊二は興味深そうにそう言った。

「そうなの。中学生のクラスで一緒に教えようと思って」
「商売繁盛、いいじゃないか、朱里」

冷やかすような夫の口調には、しかし、不満の色はまるでなかった。それを通じてこの新居での妻の生活が充実するのなら、それが一番だという夫の気持ちが、そこにはあった。

「では、早川さん。今日からよろしくお願いします」
面会した翌週、教室にやってきた早川に対し、朱里は快活に声をかけた。

「お世話になります。精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」
「あらあら。気楽に行きましょうね」

その日、同じクラスで習う生徒は2名だけ、いずれも中学生の男子だった。彼らは新たにやってきた社会人を、少し驚いたように見つめていた。

平日の夕方だ。子供たちが遊びまわる声が、かすかに外から聞こえてくる。徐々に夏の気配を強めてきた空は、依然としてまだ明るかった。

朱里の自宅1階の和室で、3人は静かに練習を始めた。中学生2人は筆を持ち、それぞれの課題に取り組んだ。朱里はその様子を確認すると、早川への指導を始めた。

「じゃ、まず、墨をすりましょうか」
「えっ?」
「ふふふ、そう簡単に字は書けませんよ」

和室に正座をし、早川は朱里にならって墨を硯の上ですり始めた。だが、なかなかうまくいかない。持ち方やら動かし方やら、朱里が細かに教え始めた。

「早川さん、少し猫背かしら?」
「実は、姿勢が悪いって昔から言われてまして」
「じゃあ、いい機会ね。姿勢よく座ることから始めましょうか」

立ったまま、朱里は正座する早川の後方にまわり、彼の両肩を遠慮なく持った。そして力を込め、その姿勢を正した。早川は恥ずかしげな様子で、ただ朱里の指示に従った。

ストライプ柄のシャツに膝丈のスカートいう格好の朱里は、そのスリムな体型がいつも以上に際立って見えた。首元には、銀色のネックレスが光っている。

早川に向かって前にかがみこんだ朱里の首すじ付近で、そのネックレスが揺れる。黙って字を練習しながらも、二人の中学生が朱里のそんな首元をちらちらと見ている。

「背筋を伸ばしてくださいね。でもあまり緊張する必要もないですから」
「難しいなあ」

「リラックスしながら、姿勢は正しく。ほら、墨の動かし方がだいぶよくなってきましたよ」
「ほんとですね」

「気持ちを落ち着けてください。無心になることが書道では大切ですから」
「無心、ですか・・・・・・・」

その若者が無心になれる環境にいるのかどうか、朱里は深く考えようとはしなかった。しばらくそれをつづけた後、朱里は早川に筆を持たせた。

「小学生以来ですよ、こんなの持つのは」
「これからたっぷり持つことになりますからね」

笑みを浮かべながら、朱里は早川に再び背後から近づいた。彼に密着するようにしながら、その腕を持ち、筆を動かすときの姿勢を教えてやった。

「同じくリラックスしてくださいね。あまり力を込める必要もありませんから」
朱里は、早川の腕を持ったまま、何回か字を書いた。緊張気味な雰囲気で、早川は朱里にされるがまま、筆を動かし続けていく。

「では、そろそろ一人でやってみましょうか」
そう言って早川から離れた朱里は、二人の中学生のそばに行くと、彼らの書いた字を確認し始めた。

「外山君、今日は集中できてないようね」
笑みを浮かべながら、朱里は一人の生徒に声をかけた。おとなしいのか、彼はただ恥ずかしげに肩をすくめるだけだ。もう一人は、黙々と字を書き続けている。

早川は、そんな彼らをちらりと見つめ、自身で筆を動かし始めた。何度も苦笑し、首をひねりながら、彼は初めての朱里の教室での練習を続けていった。

そのとき玄関で来客を教えるインターフォンの音が響いた。荷物の配達でもあるようだった。

「はい、お待ちください!」
朱里は明るい声でそう叫ぶと、玄関に向かった。

残された3名の生徒は、そのまましばらく静かに練習を続けた。配達のスタッフと、朱里は何か楽しげに会話を交わしているようで、なかなか戻ってこなかった。

「先生、いつもあんな風にやさしいの?」
早川は、二人の中学生にさりげなくそう聞いた。

二人は声を出すことなく、ただはにかみながら、うなずいた。


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Comment
これ
シチュエーションがあまりにも頭に浮かぶので引き込まれます。
次回が楽しみです
あま~いお話しをこのまま楽しみたいんだけど、なにか胸騒ぎも。旦那さんが嫉妬して豹変するとかm(__)m
無心、
お疲れさまですp(^-^)q
『気持ちを落ち着けて、無心になるのが大切ですよ』ベッドでは逆に早川くんが朱里せんせいに言っちゃいそう(^^ゞ

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