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刻み込まれた快感(13)

2015 05 08
週末の昼間だ。

このマンションの周囲は、奇妙に静かだった。

その静寂に僅かな穴をあけるような、本当に小さな音を朱里が聞き逃すことはなかった。早川の自宅リビングの固いソファに座ったまま、人妻はすぐそこにあるドアを見つめた。

そのかすかな音、いや、牝猫を思わせるようなか細い声は、確かにドアの向こう側から届き始めた。早川と、梶と名乗る主婦だけがいるはずの空間から。

マッサージを施されるのだと、梶は言っていた。眼鏡をかけた、インテリ風なあの美しい主婦が、早川の手によって肌を、肉体を愛撫されている光景を、朱里は想像した。

2人がそこに姿を消して、20分程度が経過している。聞こえてくるのは、紛れもなく梶の声だった。朱里は、何かに引き寄せられるように立ち上がり、閉ざされたドアに近づいた。

そして、冷たい木製の扉に、そっと耳をあてた。

「あっ・・・・・・・・・・・・・・・、あっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

鼓動が高鳴ることを感じながら、朱里は唇を密かに噛んだ。梶の声には、濃厚な快楽の気配が漂っていた。通常のマッサージではあり得ないような快楽の気配が・・・・・。

早川がそんな特技の持ち主だなんて、朱里は全く想像していなかった。思わず声をあげてしまうほどの快感を女性に与えるほど、彼の愛撫は心地よいものなのだろうか。

「先生・・・・・・・・・・・・・、そこっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ここですか、梶さん・・・・・・・・・・・」
「ええ・・・・・・・・・・・・・、そこをお願いっ・・・・・・・・・・・・、ああっ、そうよ・・・・・・・・・・・・・・・・」

梶は、早川のことを先生と呼んでいる。明らかに年下の男に、人妻は今や完全に支配され、何かを懇願している。その声は、次第に高まりを示しているようだった。

「あっ・・・・・・・・・・・・・・・・・、あんっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

マンション廊下で出会った際、きびきびとして、クールな雰囲気を漂わせていた人妻が、今、こんなあられもない声を漏らしている。

眼鏡をかけた梶の凛とした表情が、快感に悶え、苦悶する様を、朱里は濃厚に想像する。

「あっ・・・・・・・・・・・・、ああっ・・・・・・・・・・・・・、あっ、駄目っ・・・・・・・・・・・・・・・・・」

切れ切れの梶の言葉は次第に高音に達し、ベッド上であろうか、苦しげにうごめくような雰囲気も伝わり始めた。朱里は、もはやそこから離れることができなくなった。

梶の喘ぎ声が、目を閉じた朱里の頭の中で妖しく響き始める。それは、やがて、あの夕刻、早川にいじめられた際に朱里が漏らした吐息を濃厚に連想させていった。

早川さんっ・・・・・・・・・、ううんっ、やだっ・・・・・・・・・・・・・・・・・

あの時、無意識で漏らした、いや、叫んでしまった自分自身の声。朱里は、今、それを初めて思い出そうとしていた。あの日、彼は、私の上半身をあろうことか筆先で・・・・・・・・。

筆・・・・・・・・・・・。

まさか、このドアの向こうで彼はあの人妻を・・・・・・・・。

「あっ・・・・・・・・・、あっ・・・・・・・・・、あっ・・・・・・・・・・・・・」

突然、梶の声の間隔が短くなった。それは、ある行為を朱里に連想させるものでもあった。

1時間くらいお待ちいただきます・・・・・・・・・

朱里は、早川の言葉を思い出した。彼は、まるで初対面のように、私のことを見つめた。いや、間違いなく、彼は私のことに気付いたはず・・・・・・・。

1時間後、私はこのドアの向こうで彼にいったい何をされるの・・・・・・・。

「あっ・・・・・・・・・・、ああっ、先生・・・・・・・・・・、あっ・・・・・・・・・・・・・」

梶の声に、どこかに導かれてしまうような香りが漂い始めた。それは、早川との戯れの後、朱里が密かに1人で追い求め、しかし、結局得ることができなかった場所であった。

「あっ・・・・・・・・・・・、ああっ、先生、私・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

朱里は、平静さを失った。

気づいたとき、朱里はドアノブを握りしめていた。そして、それを試すようにそっと回した。施錠されていない。朱里は、罠にはまるようにそれをひねり、ドアをそっと開けた。

そして、朱里は室内の光景を見た。

早川と朱里の視線が交錯した。

「ご、ごめんなさい」

朱里はささやくようにそう漏らすと、素早くドアを閉じた。そして、何かから逃げるように、急いで外に飛び出し、家路へと急いだ。

ハアハアハア・・・・・・・・・

駅までの道を早足で急ぐ人妻の姿を、通りすがりの人たちが不審そうに見つめる。

たった今目撃した光景を、朱里は懸命にかき消そうとした。

しかし、それは時間を追うごとに、色濃く朱里の体奥に刻み込まれていった。


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まちどうしいです。

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