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刻み込まれた快感(21)

2015 06 12
柏木俊二には、平凡という形容こそがお似合いだった。

42歳。飲料企業に勤める会社員である俊二に、特筆すべき点は何もなかった。仕事ぶりに目立つ部分はなく、おとなしい性格の持ち主。趣味、特技もなければ、野心とは無縁の人間。

いや、少し違う。

一つだけ。

ただ一つだけだが、彼にも他人がうらやむポイントはあった。

美貌の妻の存在だ。

彼の妻が人目を引くほどの美しさを誇る女性であることは、会社でも評判であった。その妻が、過去の特技を生かし、自宅で書道教室を開いていることも、周知の事実であった。

美しい妻と共に、穏やかで、満ち足りた人生。

会社の業績にも問題はない。上司、部下にも恵まれた。この先、彼の目の前には安定したレールが敷かれていた。それを踏み外す可能性など、あるわけもなかった。

少なくとも、彼を知る誰もがそう思っていた。

だが、現実は時におかしな方向に転がることがある。それは別に小説の世界の中だけではなく、実際に今日も、すぐそこで起こっている「事実」である。

柏木俊二もまた、足元に突如口を開いた暗い穴に気づくことはなかった。

予定を変えることなく遅くに帰宅していたなら、と後になって悔やむ友人もいた。

だが、それは遅かれ早かれ、いずれ起こるべきことであったのかもしれない。

「ただいま」
俊二は、自宅の中が薄暗いことに不審を抱いた。

妻、朱里は夕食の準備をしている時間だ。社会人向けの習字教室が予定されているが、それも既に終わっているはずであった。

「朱里? いるんだろ?」
家の中に向けてそう叫んだ瞬間、俊二は気づいた。

和室の中で何かが動いたことに。

後から振り返ってみると、俊二はなぜそのような行動を自分がとったのか、よくわからなかった。どちらかといえばおっとりとした性格であり、焦って結論を得ようとしたこともない男だ。

だが、そのとき、俊二は感じた。恐らくは、夫だけが持つ本能で。

かばんを玄関に放り出すと、彼は狭い廊下を走り、和室に向かって駆けた。

妻に危機が訪れている。彼は、そんな確信を抱いていた。

「朱里!」
俊二は、勢いよく襖を開けた。

そして、そこにあった光景を見た。

後から何度も刑事に、或いは検察の人間に聞かれたのだが、俊二の記憶は断片的であった。

服を脱がされ、下着を剥ぎ取られた妻が、目隠しをされたまま、仰向けに横になっていた。苦しげに息を乱し、その裸体は陵辱の行為に明らかに追い詰められていた。

闇の中に妖しく光る妻の肉体は、限界にまで美しく見えた。

「あなた・・・・・・・」
妻のささやきは、助けを請うものであると俊二は確信した。

暗闇の和室に、一人の男がいた。

感情の消された男の目が、俊二を見つめていた。

俊二は床の間に置かれた巨大な壺に視線を奪われた。

記憶はそこまでだった。

気が付いたとき、俊二は殺人の疑いで拘束されていた。


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Comment
女の悪事
元凶はこの女なのに…
どうして夫が責任を負わなければいけない?
この女、どん底に堕としてください。
21話にして、思いがけない方向へ。平凡だけど、キレると怖いご主人だったようですが、早川退場?朱里先生は?次回、楽しみにしてます。
うーむ
こういう顛末は
燃焼しきれてないので
とても残念です。
中途半端ですね。

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