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刻み込まれた快感(23)

2015 06 19
朱里は、早くこの部屋を退出したがっている様子の弁護士に提案した。

強力な支援を提供してくれた弁護士そしてその事務所スタッフを慰労する意味で、食事会でも開けないだろうか。報酬を支払うだけではない、何かもっと心の通った謝意を伝えたいのだ、と。

「ロマンチストですな、奥様も」
「そんな・・・・・・」

「弁護士稼業をしている者、そんな感傷的なギフトを要求する人間は誰もいません」
「しかし、先生・・・・・・・」

朱里は、梶という名の弁護士の勢いに圧倒されるように口をつぐんだ。

40代後半の脂の乗り切った弁護士。弁舌切れるその話しぶりに、法廷で夫は何度も救われた。それが今、朱里には妙なプレッシャーとなっていた。

仕方ない、それならば・・・・・・・・。

「申し訳ございませんでした、変なことを言いだしたりして」
朱里がそう言って、帰り支度を始めようとした時だった。

「そういえば奥さん、あちらのほうはどうなったんですか?」
それまでせわしげな態度を示していた弁護士が、急に落ち着いた様子で声をかけた。

「あちらのほう、ですか?」
朱里は再びソファに腰を沈めた。

「書道教室ですよ」
「・・・・・」

「結局再開されたんでしょうか」
「おかげさまで、また元気にやらせていただいておりますわ」

あの事件があった後、朱里は当然書道教室を閉鎖せざるを得なかった。

だが世間には、朱里、そして夫、俊二のことを被害者として捉えるような動きがあった。弁護団が巧みに操ったものでもあったが、朱里の近隣の住民もそれを疑うことなく支持した。

「先生、また教室を再開してください」
「子供たちが待ち望んでいます」

近所の住民から、こんな声が朱里のもとに多く寄せられた。そして、裁判が決着した後、朱里は書道教室を以前にように再開していたのだった。

「そうですか、そりゃよかったですな」
梶はそう言うと、3本目のたばこに火をつけた。

部屋を出ていこうとしていたはずの男のそんな仕草の意味が、朱里にはわからない。

「奥さん、先ほどの話ですけどね」
「えっ?」

「我々への慰労会ですよ」
「は、はい。受けていただけますか?」

「こんな招待をもらうのは初めてですが、せっかくですからありがたくお受けしましょうか」
梶の言葉に、朱里は少し戸惑いながらも顔をほころばせた。

「ありがとうございます。夫もきっと喜ぶと思いますわ」
嬉しそうな朱里の様子を、弁護士が僅かに笑みを浮かべて見つめている。

「ただし奥さん、一つだけこちらのわがままを聞いていただけますか?」
「それはもう。どんなことでししょうか」

「是非、奥様のご自宅にお伺いしたいのです」
「自宅にですか?」

意外な提案だった。裁判の前、そして途中で、梶或いはそのスタッフは、何度か朱里の自宅を訪れていた。あの出来事があった和室も、梶は何度も興味深そうにチェックしたものだ。

その自宅にまた訪問したいという。

「書道教室が再開されたのであれば、随分雰囲気も変わったんでしょうな」
「子供たちも戻りつつありますから。やっぱりにぎやかなのはいいですわ」

「是非見てみたいと思いましてね、今のご自宅の様子を」
「そういうことであれば大歓迎です。お待ちしておりますわ」

梶、そして何人かのスタッフが朱里の自宅を訪問するのは、2週間後の土曜日の夜と決まった。


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Comment
展開が野暮ったいですね。
何時もとは違いますね
何時も楽しみに拝見しております。
今回は最初から、寝取られ小説とは違いますね。

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