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刻み込まれた快感(24)

2015 06 23
なぜ、これほどに私はあの弁護士に礼を尽くそうとするのか。

自宅に招いて食事なんて・・・・・・・。

晩秋の夕刻、朱里は台所で料理を進めていた手を止めた。

聞くまでもないでしょう。あなたには、その理由がわかっているはず。

いつか、あの秘密が彼にばれるのが怖いんでしょう。

どこからか、そんなささやき声が朱里の耳に届く。笑いをこらえたようなその声は、もはや幻聴などではなく、本当に台所のどこかに誰かがいるような、そんな気分を朱里に与える。

その声の主は、早川が最後にここに来た日から、ずっと朱里のそばにいる。

私には勿論わかっている。どうして、あの弁護士、そして事務所のメンバーを接待しようとしているのか。

そう、怖いのだ。

真実が彼らに、そして世間に露見してしまうことが。

人妻は被害者なのだ。若い男に一方的に陵辱されていた妻は、我を忘れて和室の片隅に置いてあった巨大な花瓶を彼の頭に振り下ろした夫に救われたのだ。

そのシナリオの裏に隠された、真実。

いや、隠し続けた秘密を、朱里はいつか、彼に察知されるのが怖かった。

彼にはこのまま私の味方でいてもらい、疑いの心を持ってほしくはなかった。

だが、自宅での接待で果たしてそれが可能なのかどうか。朱里にはよくわからなかった。

逆効果のような気もする。

朱里はただ、自分が安堵したいがために、この提案を梶にしたに過ぎない。

絶対に許されぬ女として、私は秘密を1人抱えたまま、生きていく。

選んでしまった運命なのだ。

幻聴に抵抗するように、朱里は心の中で、そう誓う。

台所にあるデジタル時計を見つめる。

そろそろ、彼らが到着してもいいころだ。

人恋しくなるような秋の空気。そこで誰かを待つ自分。

デジャブのような感覚が、朱里を包む。

指先が震え、目頭が熱くなる。

朱里は、思い出す。

早川のことをこんな風に待っていたあの日が、ちょうど1年前であることを。

そのとき、突然ドアホンが鳴った。

「はい!」

全ての困惑を捨て去り、朱里は努めて明るいトーンで玄関口に向かって叫んだ。

ストライプ柄のシャツに、膝丈のスカートいう格好でドアを開け、朱里は彼らを出迎えた。

だが、そこにいたのは、「彼ら」ではなかった。

「奥さん、こんにちは」
「梶先生・・・・・・・、あら、おひとりですか?」

「いや、急なことなんですが、他の連中がみな都合悪くなりましてな」
「まあ・・・・・」

「私の予定もありますから、申し訳ないですが変更せずこのまま今日で、と思いまして」
「そうですか・・・・・・、いえ、先生にいらしていただけたなら結構ですわ。どうぞおあがりください」

それは朱里の本音だった。梶さえ味方にしておけばそれでいいのだ。

「じゃ、遠慮なく」
弁護中、既に何度も来ている家だ。梶は慣れた様子で朱里の自宅にあがり、ダイニングに招かれた。

そして、二人だけの夕食が始まった。

ジャケットを脱ぎ去った弁護士は、ノーネクタイでカジュアルな格好となった。外見にこだわる様子がないところは、普段と同じだった。

この弁護士は、私の秘密の存在に気づいているのだろうか。

その可能性はある。

だが、私を疑うような、或いは軽蔑するような気配は、まるでない。

ならば、本当に夫の、そして私の説明を心から信じているのだろうか。

朱里は、彼とワインを飲み交わしながら、そんなことを考えていた。

・・・・・・・・・

密かにあの声が笑っている。

朱里にはそれが聞こえない。

うぶな人妻がそこにいた。

朱里は全く気付いていなかった。

彼がいったい、何を目的に今夜、ここに来たのか。

彼がいったい、朱里の何を知っているのか。

「いや、奥さん、私も女房といろいろありましてねえ」
1時間ほど食事が進んだとき、梶がさりげなくそんなことを言った。

その口調に深刻さはまるでなく、単なる妻の愚痴をいう男の姿のように見えた。

梶のその言葉を聞いても、朱里はまだ気づかなかった。


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Comment
意識の奥底で、夫以外の男に犯されたい朱里先生。本人無意識でも、男を自宅に入れてしまう。今日は、ご主人も来ませんよ。長い午後が始まりましたね。
No title
梶先生のお弟子さんが早川君だったりして。師匠の巧みのテクニックに翻弄されちゃうのかな。奥様も参加されるのかな。来月が楽しみですm(__)m

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