FC2ブログ

LOVE47(3)

2015 09 28
「えっ?!」

突然背後からかかった声に、葉子は濡れた石畳の上にしゃがみこんだまま、思わず大きな声をあげた。

その声に少し萎縮しながらも笑みを浮かべた男性が、どうやら声の主のようだった。

20代半ばの会社員風の男性。

見た瞬間、葉子は感じた。

あ、この人、悪い人じゃないな、と。

「大丈夫ですか。かなり派手に転んだみたいですけど」

彼は、そんな風に他人に声をかけることに慣れていないように、少し恥ずかしそうに葉子に言った。

「そうね。派手に転んでしまいましたねえ」

自虐気味にそう言いながら、葉子は改めて彼を見つめた。

長身で整った顔立ちの彼は、葉子に手を差し伸べてきた。

「立てますか」

「ええ。立てますとも」

彼の手を握りしめ、葉子はその場に何とか立った。

彼は、そんな葉子に傘を差し出してきた。

初冬の冷えた夜空から、雨は依然落ちてきている。

「どうぞ。二人なら何とか入れますから」

冗談っぽく話しかけてきた彼と並んで立った瞬間、葉子はどういうわけか、緊張している自分を感じた。

「さあ。どうぞ。九段下方面ですよね。僕もそうですから」

「あっ・・・・、じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかしら・・・・」

表現できないような感情を抱えたまま、葉子は彼と一緒に歩き始めた。

自分がなぜ落ち着きを失っているのか、葉子にはよくわからなかった。

彼が思いがけず、優しく、ハンサムな青年だから・・・・。

夫以外の男性とこんな風に話し、歩くなんてもう何年も経験がないから・・・・。

或いは、コンサート後の気持ちのたかぶりをただひきずっているだけ・・・・。

そのどれも、あっているようで、違っているようでもあった。

しかし、決定的な事実はある。

彼が、自分の息子と言ってしまっていいくらいの年齢であることだ。

「あの、会社の帰りなのかしらね」

少しずつ平静さを取り戻しながら、葉子は隣の彼に訊いた。

「会社には行きましたが、僕もコンサート見たんですよ、ひとりで」

「えっ、そうなの? そんなに若いのに?」

思わず葉子はそう言った。

そして、その自分の発言におかしそうにくすくす笑った。

「いやよね、もう、完璧におばさんモード」

彼は、そんな葉子をちらりと見つめ、そして言った。

「少しもおばさんには見えませんよ」

「あら、お世辞お上手ね。何、営業でもやってるの?」

「内勤ですけど・・・・。いや、ほんとにそう思いますよ。全く老けてないですよ」

「老けてない・・・・。そういう言われ方、なんだかうれしくないわね」

「すみません・・・・・」

「ふふふ・・・・・・」

不思議な気分だった。

会って数分なのに、葉子は彼との会話がどういうわけか、楽しかった。

人見知りなタイプの葉子には、それは奇跡のようなことだった。

「コンサート、ねえ、ほんとに行ったの?」

「ええ。勿論、まわりにファンはいませんから、一人で参戦しましたけどね」

「あなた、ファンなの?」

「ファンですよ。おふくろが昔、彼のファンで。その影響ですかね、子供のころから聴いてたから」

「彼って、そうか」

葉子は、そのグループのボーカリストの名前をあげた。

解散後、ソロ歌手として長い間君臨した、スーパースターの名前を。

「そうです」

彼は、爽やかな声でそう言った。

「そうなの・・・・。しかし、お母さんがねえ・・・・・・・・」

「あっ、変なこと言いました、僕?」

「そうね。失言ね」

「ごめんなさい・・・・・・・」

かつて味わったことのないような楽しい気分に包まれている。

まるで、学生時代に戻ったかのように・・・・・。

「着きましたよ」

「えっ?」

彼の言葉に驚いたように、葉子は視線をあげた。

「九段下、ですよね」

すぐそこに、地下鉄の駅に降りていく階段があった。

会場から帰る多くの人でごった返している。

「僕は、もう少し歩きますから」

葉子の体奥で、何かが動いている。


(↑クリック、更新の励みです。凄く嬉しいです。次回更新9月30日予定です)
Comment

管理者のみに表示