FC2ブログ

LOVE47(4)

2015 09 30
路線はわからないものの、彼もまたこの駅から地下鉄に乗るものだと思い込んでいた葉子は、傘の下で言葉に詰まった。

立ち止まった二人を迷惑そうに見つめながら、後方から多くの人が次々に追い抜いていく。

傘にはまだ大粒の雨が当たっている。

寒さは増しているようだ。

コートのヒップの辺りが、まだ嫌な感じで濡れているのを感じる。

そんな全てが、葉子を妙に追い詰めていた。

そうよ、この駅です。

そう言って素直に別れればいいのに、なぜかその言葉が出ない。

47歳の人妻が、いったいどうしたっていうの。

葉子は、自分自身に戸惑っていた。

「九段下、ですよね?」

彼は、別に困った様子も見せず、穏やかな笑顔で見つめてくる。

これではまるで、彼のほうが年上だ。

息子であってもおかしくない年齢なのに。

だが、彼の表情には、まだ幼さの名残もあるように見えた。

葉子は、自分を取り戻した風に彼を見つめた。

「え、ええ。で、あなたは?」

素っ気ない自分の言葉をすぐにでも取り消したい。

「僕は神保町まで歩きます」

「あら、そう」

「ここで乗ることもできますけど、混んでますし」

「そうね・・・・」

傘を貸してくれた御礼を言って、別れればいいだけだ。

だが、葉子は口を開くことができなかった。

「邪魔だな、こんなとこに立ち止りやがって」

会社員風の男が、二人を押しのけるように駅に向かう階段を下りていく。

「じゃあ・・・・・・」

葉子がそう言いかけたときだった。

「一緒に歩きますか?」

「えっ?」

「10分くらいですよ。僕、ここを歩くのが結構好きなんですよね」

「・・・・・」

「行きましょう、ここ、邪魔になりますよ」

「そうね・・・・。じゃ、そうしようかしら」

二人はそれまでの逡巡が嘘のように、足早にそこを離れた。

そして雨に濡れた夜の歩道を、並んで歩き始めた。

葉子は腕時計を見た。

午後9時50分だった。

何車線もの大通りを、途切れることなく車が走り去っていく。

タクシーが多い。

こんな都心をこんな時間に歩くなんて、いったいいつ以来かしら。

自分が場違いな人間であるような気分のまま、葉子は黙って彼の傘の中で歩いた。

「よかったですよね」

「えっ?」

彼の言葉の意味が、葉子にはとっさに理解できなかった。

「コンサートですよ。よくなかったですか?」

「そりゃもう。よかったわよねえ」

「みんなもう60代ですよね。あんなにジャンプするなんて」

「ふふふ・・・・、確かに」

「かなり苦しそうでしたけどね」

「まわりのお客さんも完全に年齢を忘れてたわよね。あっ、それは私もだけど」

葉子は、やっといつもの自分を取り戻せた。

「最後のあの歌、よかったですね、やっぱり」

「そうね」

二人はグループのその代表曲を思い出すように、しばらく会話を止めた。

山の奥、湖のほとりに広がる花畑。

その花びらで作ったネックレスで愛を確かめ合う若い二人。

そして女は白鳥(しらとり)になって・・・・。

40年以上経っても、その歌で語られた世界は、全く色あせてはいない。

「ねえ、ご飯でも食べてもう少しコンサートのお話はいかが?」

神保町駅が近づいてきたとき、そう言ったのは葉子のほうだった。

「いいですねえ」

間髪を入れず、若者は同意した。

もう夜の10時なのだ。

葉子の心の中で、そんなささやきが響く。

早く家に帰るべきではないのか。

家族が家で待っているわ。

違う・・・・・。

誰も待ってなんかいないじゃないの・・・・・。


(↑クリック、更新の励みです。凄く嬉しいです。次回更新10月2日予定です)
Comment

管理者のみに表示