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LOVE47(7)

2015 10 09
「朝ごはんは?」

「いいわよ。いつもみたいに会社のそばで済ませるわ」

午前7時前。冷蔵庫から野菜ジュースを取り出した娘、理穂を見つめ、葉子は声をかけた。

既に出勤準備を整えた様子の娘は、母親に振り向くことなく答えを返すと、眠そうな表情でコップにジュースを注いだ。

母親によく似た長身で細身の体型に、OLらしい黒系のスーツがよく似合う。

整った顔立ちには、母親以上に印象的な美しい瞳が備わっていた。

勤務する大手メーカーでも、娘がその美貌で既に評判になっていることを、葉子は何となく知っている。

だが、娘が今春就職してからというものの、母娘の会話はめっきり減ってしまった。

決して親密さが失われたわけではないのだが。

葉子は、同じ屋根の下に住む一人娘が、手の届かない場所に行ってしまったような気がしていた。

「まだ少しだけ早いわ」

時計を見つめ、そうつぶやいた娘は、ダイニングのテーブルにバッグを置くと、椅子にちょこんと座った。

大人になったわ。

葉子は立ったまま、娘を見つめて改めて思った。

23歳なのだ。それも当然かもしれない。いつまでも幼い娘でいてほしいというのは、所詮親の一方的な願いなのだ。

台所の窓からは、12月のやさしげな朝陽が差し込んでいた。

「仕事、忙しいの?」

葉子は、そんなありきたりの言葉で娘の心を開こうとした。

「忙しくない風に見える?」

「えっ、ううん、そんな風にはママ、思ってないわ」

葉子の反応に、理穂は少し悪びれた様子で初めて母を見た。

そして、かつてよく母親に見せていたような笑顔を浮かべた。

「一応これでも新人なんだけどね。大変なのよ、ママ」

「いいじゃない、仕事任されるだけ」

「そうかな」

「任されるだけ幸せだと思いなさいよ」

「ふふ、そう思いたいんだけどさあ。マネージャーがねえ」

ジュースを飲みながら、理穂はしかし、突然話題を変えた。

「ママ、ねえ、昨日遅かったわね」

「えっ?」

葉子は言葉に詰まった。

何とか終電に乗れた葉子が家に着いたのは、結局午前1時を過ぎたころだった。

最寄駅から自宅までは徒歩で10分程度の道のりだ。

葉子はほとんど誰もいない暗い夜道を歩くのが、昨夜はさすがに少し怖かった。

自宅に帰ったとき、既に娘は自分の部屋にいた。どうやらまだ起きていたらしい。

「私がシャワー浴びて少し経ってからよね。午前さまってやつじゃないの、ママ」

「ちょっと遅くなったわね・・・・・」

「それでどうだった、コンサートは?」

「それはもう、すごくよかったわよ」

「でも、ママ、一人で行ったんでしょう?」

「え、ええ。たまたま会場でね、大学のときの知り合いにあってね」

「ふーん。えっ、まさか男の人?」

「ばかね、女性に決まってるでしょう」

「もう、つまんないの・・・・。じゃ、二人で再会の食事でもしてたってわけか」

「そうね」

娘がどこまで信じているのか、葉子にはわからなかった。

だが、その表情に疑いの気配はまるでなかった。

母親が、昨夜会ったばかりの男性、しかも20代の若者と二人でお酒を飲みに行くなんて、この娘は想像もしていないのだ。

葉子はそう思うと、少しおかしな気分になった。

「いけない、もう行かなきゃ!」

理穂は慌ててジュースを飲み干すと、バッグを抱え、小走りに玄関に向かった。

「気を付けて。帰る時間、ちゃんとメールして。ママ、また駅まで行くから」

「いいわよ。一人でダッシュしてくるからさ」

パンプスを履き、ドアを開けようとした娘が、何かを思い出したように葉子に振り返った。

「ママも少しは遊んだら?」

「えっ?」

「昨日のコンサートだって、もう何年振りかの夜の外出だったでしょう」

「まあね。でもママは」

「パパばかり好きにさせておいてさ」

「・・・・」

「また新しい看護師さんが来たって噂じゃない」

「そうみたいね・・・・。でもね、理穂、パパだって」

「ママもまだこんなに綺麗なんだからさ。もったいないわ。どんどん外に遊びに行けばいいのよ。デート相手ぐらい、誰かいないの?」

「まあ・・・・」

「ママ、私に気を使わなくてもいいのよ・・・・・・・・。じゃ、行ってくるね、あ、雨は・・・・・、もう止んでるわよね」

「今日はこんなに晴れてるから大丈夫よ、きっと」

「そうね・・・、あれ?」

そのとき、理穂が何かを見つけたように声を漏らした。

その瞬間、葉子は焦りを感じた。

「こんな傘、あったっけ?」

昨夜、彼からもらった傘を娘が見つめていることに、葉子は勿論気づいた。

「それね、昨日食事してた店の人からいただいちゃったの」

「お店からこんないい傘を?」

「お客さんが昔忘れていったものだから構わないって。お友達とお店出るとき、すごく雨が降ってたから」

「ふーん、よかったわね・・・・あっ、まじ、やばいわ」

外に飛び出し、駆け足で駅に向かっていく理穂を、葉子は手を振って見送った。

そして、一人になった葉子は、そこにあった傘にそっと手を伸ばした。

何かの余韻を探すように、傘の柄を愛おしく握りしめる。


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