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LOVE47(13)

2015 11 09
年の瀬が少しずつ近づいてくる。

子供のころ、私はこの季節が一番好きだった。

クリスマスにお正月。

子供心に、こんなことを感じていた。

全てをリセットして、新しい自分に生まれ変わるのではないのだろうか、と。

波多野葉子は、今、誰もいない自宅リビングで、そんなことをぼんやりと考えていた。

師走の夕刻だというのに、照明はつけていない。

薄闇の中、子供のころに思い描いたのと同じことを、人妻は今、濃厚に望んでいた。

新しい自分。

このような人生を得るために、私はここまで生きてきたのだろうか。

葉子の肉体に、あの嫌な感触がまだ残っていた。

夫の友人、佐伯にわいせつに肢体をまさぐられた際に与えられた、不快感の混じった刺激。

乳房をいじめられ、首筋を吸われた際に感じた、男の欲情に満ちた息遣い。

彼は執拗に私の体を欲しがった。

以前から、そしておそらく、これからもずっと・・・・・・。

早くそれを忘れようにも、葉子にはそのきっかけがなかった。

今日、ここで夕食をとる家族は誰もいない。

1人娘、理穂は今夜も残業で遅くなるとのメッセージがあった。

本当に仕事なんだろうか。

母親にも内緒で、交際相手の男性と共に夜を過ごしているだけではないのか。

葉子の心の中には、そんな風に娘を疑う感情があった。

充実した青春を謳歌する娘に対する、かすかな嫉妬と共に。

自宅に隣接するクリニックから、華やいだ談笑の声が聞こえる。

今日は午後休診であった。

だが、日が沈み、暗さを増していく冬の夕刻の景色から浮いているように、クリニックには華やいだ雰囲気があった。

若い女性看護師たちの声。

今夜はクリニックのスタッフで、クリスマスのささやかなパーティをするらしい。

毎年恒例のイベントに、院長の妻が呼ばれることはない。

数人の美しい女性看護師たちと、葉子は話したこともほとんどない。

そのようなイベントであれば、クリニックの中でやらずとも、どこか他にいけばいいのに。

毎年、葉子はそう感じながら、しかし、こうも思っていた。

妻である私に見せつけるために、毎年そこで行われるのだ、と。

何年か前のイベントの際、葉子はかなり酒に酔った様子の夫の姿を目撃した。

小さな窓をいつも隠す分厚いカーテンが、その夜はなかった。

照明が煌々と照らされたクリニックの中が、葉子がいる自宅からも覗くことができた。

夫は酔った様子で椅子に座っていた。

一人の若い女性看護師が、冬だというのに、まるでランジェリーのような服装で夫の上にまたがっている。

周囲には別の看護師が、同じような刺激的な格好で何名かいた。

皆はグラスを手にし、酒に酔った様子で笑い、叫びあっていた。

誰かが、罰ゲーム、と言った気がした。

次の瞬間、葉子は見た。

夫の上にまたがっていた女性が、ワインを口に含み、そのまま唇で夫に触れるのを。

口移しで酒を共有した後、二人は舌を絡めてディープキスを交わした。

若い女の手が夫の背に伸び、二人はきつく抱き合うような格好になった。

周囲にいる女性たちは、小声で笑い、その光景を見つめていた。

夫の上で、若い女の脚が大胆に広げられ、そして密着を欲するようにくびれた腰が震えた。

今夜もまた、そのような饗宴が催されるのだろうか・・・・。

ソファから立ち上がり、葉子はさりげなく外の様子を見つめる。

「あれは・・・・」

とっぷりと日が暮れた闇の中、一人の男の姿が葉子の視界にとらえられた。

クリニックの玄関に立ったその男を、やがて一人の女性看護師が笑顔で会釈をし、中に招き入れた。

佐伯だった。

「・・・・・・・」

葉子はカーテンをきつく閉め、再びリビングのソファに腰を沈めた。

嫌な予感がした。

あの男が、今夜、パーティの途中でこちらに来るような気がする。

そうなったとき、果たして自分は誰もいないこの空間で、あの男から逃げることができるのだろうか。

勿論、夫は妻を助けるどころか、自らの欲情を若い看護師たちに注ぎ、自宅で起きることなどに見向きもしないだろう。

いったいあなたは何を我慢しているのかしら・・・・・・。

もう子供じゃないのだ。

馬鹿みたいに願望だけを思い描く年齢じゃない。

新しい自分に出会いたいなら、自分から行動すればいいだけでしょう。

闇に染まった漆黒のリビングで、葉子はいまさらながらそんな事実に気付いた。

その瞬間、葉子は佐伯に与えられた嫌な気分をやっと忘れ去ることができた。

「出かけましょう」

決断した葉子の行動は素早かった。

2階にあがり、あのコンサートの夜に身を包んだ服装を再び選ぶ。

鏡の中の自分は、何かを恐れているようでもあり、それ以上に楽しみにしているようにも見える。

47歳の自分の肢体を、葉子は記憶に刻み込むように見つめた。

「捨てたもんじゃないわ・・・・・・、よね?」

自分らしさを取り戻した葉子は、いたずらっ子のように笑みを浮かべ、小走りに1階に降りた。

玄関から外に飛び出せば、冷えた夜気が妙に心地よく感じられた。

そして、葉子は夜の繁華街へと繰り出していった。

そこにある何かと出会うために。

だが、人妻が思い描くほどに、そこには居心地のよさだけがあるわけではない。

熟れた美しさを溢れさせる人妻にとっては、相応の危険も勿論ある。


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