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LOVE47(14)

2015 11 13
師走の夜の繁華街。

こんな場所に来るなんて、いったい何年ぶりのことだろう。

先日、コンサートで九段下には行った。

そして、そこで知り合った若者と食事を一緒にした。

だが、このような繁華街に繰り出したわけではなかった。

けばけばしく輝くネオンに包まれ、喧騒と欲情に溢れた街。

騒ぎ立てる若者、そして会社員風の団体が入り組んだ路地をぶつかりあうように歩いている。

「何名様ですか? 2時間、飲み放題、個室、どうですか?」

茶髪姿の客引きが何人も街角に立ち、狡猾そうな笑みを浮かべて歩き回っている。

周辺にいる自治体の取り締まりスタッフのことなど、まるで気にする様子もない。

夫と結婚する前、葉子は普通のOLだった。

短大を卒業し、わずか1年少々の間であったが、その頃にはこんな場所に来たこともあった。

だが、もう25年も前の話だ。

しかも、今夜の葉子は一人きりである。

おそらく、一人でこのような場所に来たことなど、過去にはなかった。

完全に冬モードの風を感じながら、葉子は人ごみの中を隠れるようにして歩いた。

まさか知り合いに会うわけはない。

だが、自分にはこの場所が不似合であることくらい、葉子には容易に理解できた。

人妻として無防備な弱さを、夜の街に潜む悪い人間たちに見透かされているような不安が、葉子の顔を俯かせ、足早に歩かせている。

夫は今頃、若い女性看護師たち、そして、佐伯とともにクリスマスパーティを楽しんでいるに違いない。

娘は残業、いや、デートをしているのだろうか。

そう思ったとき、葉子はそれまで想起しなかった危惧を感じた。

まさかとは思うが、ここで娘、理穂に会ってしまったなら・・・・・・・・。

別に見られてはいけないようなことをしているわけではない。

しかし、夫を無視し、一人、繁華街に飛び出してきた母親の姿を、葉子はやはり娘には見られたくはなかった。

「ママももっと楽しんだら?」

娘は頻繁にそう言ってくれる。

だが、それでもここで娘と会いたくはなかった。

そう思うと、葉子は早くどこかに腰を落ち着けたくなった。

「もう、どんな店でもいいわよね」

数え切れないほどの雑居ビルに、まぶしく輝く看板が並んでいる。

しばらく歩き続けた葉子の目に、やがてダイニングバーという看板がとらえられた。

1階にあるその店の中の様子は、葉子からも確認できる。

女性客も多くいるし、耐えきれないほどにうるさいわけでもなさそうである。

小奇麗な店内には、一人で食事を楽しめそうな小さなテーブルもいくつか並んでいた。

「ここがいいわ」

葉子は、ストリートの喧騒から逃げるように、その店に飛び込んだ。

そして、一人きりの時間が始まった・・・・・・。

*****

葉子は、今、2時間以上前にこの店にたどりついた自分のことを、ぼんやりと思い出している。

何杯かのカクテルと音量を抑えたジャズが、人妻の気分を僅かに高揚させていた。

別に何かが起きることを期待していたわけではない。

47歳の人妻が、一人、師走の夜の街に飛び出したところで、何かが起きるわけはないのだ。

それでも葉子は、体奥のどこかに、かすかな物足りなさを感じていた。

それが、人妻のアルコールを飲むペースを確かに加速させている。

先日の夜、佐伯の酒は拒否した葉子だが、こうやって一人で飲むアルコールは別だ。

肢体を心地よく熱くさせながら、葉子は窓の外に見える通りの光景をぼんやりと見つめている。

今頃、夫は何をしているのだろう。

クリニックの中で、下着だけに身を包んだ若い女性看護師と、猥褻な遊戯を楽しんでいるのかもしれない。

いや、既にその肉体には何も身に着けていない女もいるのではないだろうか。

最近採用されたという女性の存在が、葉子の脳裏をよぎる。

夫はその女性を、佐伯に紹介しようとしていた。

佐伯は今夜、何か恩恵にあずかることができたのだろうか。

それを果たせないまま、クリニックの院長の妻を探しに、隣接する自宅に侵入しようとしているのかもしれない。

「まだ帰れないわ・・・・・」

腕時計を見つめ、葉子は一人そうつぶやいた。

いつの間にか午後11時近くになっているが、外の通りには人が途切れる雰囲気はまるでない。

忘年会帰りと思われる会社員、そしてOL風の集団が、ふらふらと、しかし、大声で歌うように叫びながら、駅とは反対方向に歩いている。

無意識のうちに、さっきから葉子は理穂の姿を探している。

だが、もちろん、娘はいない。

最後だと決めたカクテルが、もう空になっていることに人妻は気づく。

店内には、まだ大勢の客がいた。

女性同士、或いは若いカップルが中心だった。

葉子の存在を気にするような男性客は、結局最後までいないようだ。

そんな事実が、47歳の人妻の心に、冷たく刺さる。

別に何か期待していたわけじゃないんだから・・・・・。

再び葉子は心の中でそうつぶやきながら、もう1杯頼もうかどうしようか、迷いつつ外を見つめ続けた。

そのときだった。

反対側の少し離れた場所にある雑居ビルの階段出口付近で、数名の男性が何かを言い合っているような光景が視界にとらえられた。

周囲を歩く人々は、その一角をちらちらと見つめながらも、笑みを浮かべて去っていく。

スーツ姿の二人が背中をこちらに向けている。

明らかに会社員風のその二人に、デニムのジャケットを着た中年の男が、何か声を荒げているように見えた。店の男が、二人の客に何かを絡んでいるような図だった。

会社員風の二人は抗弁しているようにも見えるが、その後ろ姿にはどこか不安と弱さ、そして若さが漂っていた。

彼らが外にいたのは数分だけだった。

恐らくはそこにいたのであろう雑居ビル内の店の中に、二人の会社員は、デニムの男に命じられるように、再び戻っていこうとしている。

外階段を歩く二人が行く先には、居酒屋風の看板が光っている。

胸騒ぎを感じながら、葉子はその光景を見つめた。

2階にあるその居酒屋風の店のドアを開け、中に招き入れられた二人の横顔が、葉子の視界にとらえられた。

「・・・・・!」

胸騒ぎは間違いではなかった。

会社員風の男の一人、それは彼だった。


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