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LOVE47(15)

2015 11 16
忘れるはずのない彼の顔。

葉子は思わず腰を浮かし、窓の外にある光景を凝視した。

だが、彼は既に姿を消していた。連れの男性、彼もまた同じように若い年恰好の会社員のようだったが、と一緒にドアの向こうに導かれた後だった。

「お会計お願いできるかしら」
葉子はテーブルそばを歩いていた若い女性店員に声をかけた。

唐突な様子に、店員は少し驚いた風に立ち止まった。この女性客はまだしばらくは居続けるのだろうと、想像していたのかもしれない。

素早く会計を済ませ、コートを着込んだ葉子は外の路上に出た。刺すような寒さがコートを着ていても感じられるほどに、外気は冷えている。

相変わらず人並みが途切れることはない。腕時計は11時を少し回ったあたりを示している。

少し迷った後、葉子は道路を横切り、目撃した雑居ビルの下にまで歩いて行った。そして、各階のテナントを紹介する看板を見た。

2階には洋風居酒屋があるようだ。聞いたことのない店だが、葉子自身、昨今の飲み屋のことなどほとんど知らない。

葉子は2階の店に続く外階段をゆっくり昇って行った。

ドアの向こう側からは何も聞こえてこない。営業時間は午前2時までと、ドアの隣には明記されている。

「営業しているはずよね」

あれは確かに、彼だった。この緊張感がどこから来るものか、葉子にはよくわからなかった。何かトラブルを起こしていそうな店の中に入ることが怖いのか、或いは彼との再会に鼓動を高めているのか。

思い切って、葉子はドアを押した。

「あのね、飲み食いしたものはちゃんと払ってもらわないと困るんだよ」

デニムのジャケットを着た男の太い声が、葉子の耳にまず届いた。

男の顔を、葉子は至近距離で見た。無精ひげをたくわえたやや人相の悪い男だった。年齢はまだ30代だろうか。

店の中は静まり返っている。他に客もいなければ、BGMが流れているわけでもない。何人かの店員が何をするともなく客席に座り、スマホを見つめている。

男は、ドアを開けて入店してきた人妻には無関心を貫き、言葉を続けた。

「あんたらまともな会社員なんだろう。無銭飲食がどうなるのかくらい知ってるよなあ」
男はレジの向こう側にだらしなく座り、男性客2名を威嚇するように見つめている。

男性客2名はコートを腕に抱えたまま、葉子に背を向けて立ち尽くしている。

「しかし、これ、明らかにぼったくりでしょう」
葉子は、その言葉の主が彼であることを、確信した。

「こりゃまた失礼だね。何を理由にそんなこと言えるんだ、おたく」
「そりゃそうでしょう。ビール数杯に適当なつまみだけで5万8千円って、そりゃないですよね」

「これがうちの価格なんだよ。入店した際にちゃんと説明したはずだけどな」
「ここに案内してきた方はそんなこと一言も言ってなかったけど」

「つべこべいわずに払ったらどうなんだい。そのあとに警察行きたきゃ行くがいい。だが、支払うことなくここを去ろうとしたら、我々は見過ごすことはできないぜ。ここで揉めたら会社にも変な噂が立つと思うけどねえ」

恐らくは店長なのだろう。彼の恫喝するような言葉に従うように、テーブルにぼんやりと座っていた男性店員数名の視線が一斉に光り、立ち尽くす客たちを見つめる。

葉子には、ここで何が起きたのか、おおよそのことが理解できた。そして、男性客二人が、少しずつ店側の主張に押され始めていることにも。

「おい、どうする」
「どうするったって、こんなもの払えるかよ。だいいち金がない」

「クレジットカードっていう便利なものぐらい持ってるだろう、あんたら」
小声で会話を交わす二人に対し、店の男が勝ち誇ったようにつぶやく。

「とにかくここは出ようぜ」
一方のささやきに、葉子が知る彼のほうが、どうしても納得できない様子で沈黙を続ける。

「トラブってるみたいですね」
突然の女性の声に、店長が初めて気づいた様子で視線を葉子に向けた。

「あっ、お客さん、少し待ってもらえますか・・・・。おい、1名様だ、案内しろ」
店員に声をかける彼に対し、葉子は言葉を続けた。

「よさそうなお店かと思って来たんだけど、私のとんだ勘違いだったみたいね。ネットで早速噂しないと」
人妻の言葉に、店長は確かな憎悪の色を浮かべる。そして、男性客2名が、初めて背後にいる女性に振り向いた。

「あっ・・・・・・・」
一人の男が言葉を詰まらせた。

「こんばんは、垣内さん」
葉子は、少女のように鼓動を高めながら、懸命にクールな自分を装って彼に言った。

「野畑さん・・・・、どうして、ここに・・・・・・」
「だって、絶対またどこかで会いましょう、って言ってくれたじゃない」

葉子がそこにいることを、彼は受け入れることができないようだった。それは、葉子にとっても同じだ。彼が目の前にいる奇跡を、人妻はまだ信じることができない。

「あんた、誰なんだ?」
「こちらの男性の上司ですけど。かなり前の話ですが」

適当な出まかせを言いながら、葉子は二人をかばうように一歩前に出て、レジ向こうにいる店長に接近した。

「上司さんなら話が早い。お宅の部下が無銭飲食をしようとしてましてね」
目の前に立つ人妻の顔、そして体つきを舐めるように見つめながら、男が言った。

「彼らにもそれなりの理由があると思いますが、ここでは敢えて何も言いませんわ。で、おいくらなのかしら」

「野畑さん・・・・・」
「いいから黙ってて」

背後の彼を制しながら、葉子は会計を確認した。二人がつぶやいていた通り、それは明らかな高額な請求だった。

「随分高いのね。二人の代わりに私が支払いますから、この二人には帰ってもらっていいかしら」
「それは構いませんけどね、そういう話なら」

人妻の思わぬ態度に、会社員2名は明らかに戸惑っている。だが、彼らの年長者である人妻は、持ち前の勝気な性格をいかんなく発揮した。

「いいから垣内さん、ここは私に任せて」
「いえ、そんなわけにはいきませんよ」

「あのね、少しは年増の人妻にも格好つけさせるものよ」
「でも・・・・・」

「明日、仕事なんでしょう。いいから早く帰りなさい」

葉子の言葉に、彼の連れの男性が言った。

「おい、ありがたくここは帰らせてもらおうよ。俺、そろそろ終電が危なそうだし」
「お前な・・・・・」

だが、結局二人は葉子に追い出されるように店を出た。そして、店内には、店長と人妻、そして数名の店員だけが静寂とともに残された。

葉子自身、高額な現金など持っていなかった。カードはあるが、素直に使いたくはない。つまり、この場をどう切り抜けるか、何も案がないまま、葉子は二人をとにかく追い出したのだ。

年下の彼を救いたいという、ただその一念だけで。

「じゃあ、支払いお願いしますよ、って言いたいところですけど、お客さん」
店長が立ち上がり、人妻の至近距離にまで近寄った。

「何かしら」
「どうですか、我々だってぼったくりだなんて変な噂は立てられたくないですから。少しは値下げしてやってもいいですよ」
「それはありがたいわ」

そのとき、背後のドアが開き、別の男性客数名が入ってきた。それを見た店長が、狡猾そうな笑みを浮かべて、葉子に言った。

「ここじゃ他のお客さんにもあれですから、こちらに来て相談しましょう」

店長に指示されるがまま、人妻は店奥の事務室のような個室に連行された。


(↑クリック、更新の励みです。凄く嬉しいです。次回更新11月19日の予定です)
Comment
次回も楽しみです!
再会できましたね。出来過ぎな設定かもしれないけど、ココロにグッときました!
終電が危なそうと話してた男の子。ガッカリな振舞いだけど、だからこそ、二人の再会に、よりグッときたのかもねm(__)m

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