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LOVE47(23)

2015 12 28
木崎菜穂子にとって、それは恋人との初めての旅行だった。

5月の大型連休も過ぎ、早くも夏の気配が訪れつつある。

この海辺の温泉街でも無縁ではない。

険しい山々が海辺まで迫る狭い街は、週末の訪問客でにぎわっていた。

昔からの著名な観光地ではないが、最近開発が進み、穴場の温泉地として注目を浴びつつあるスポットだ。

雰囲気のいい旅館も急速に整備されつつあり、都心からやや便は悪いが、客数は確実に伸びていた。

「外国人も多いんだね」
「そうね」

隣を歩く男性は、25歳の菜穂子と同い年の恋人だった。

昨年、菜穂子が「波多野クリニック」で勤務を開始する少し前から、二人は交際を始めた。

共通の友人に紹介されたのがきっかけだった。

会社員の彼以上に、菜穂子は忙しい日々を送っていた。

それは、クリニックの院長、波多野直弘に看護師としての教育を、親密すぎる態度で受けなければならなかったことも理由の一つだった。

菜穂子の若い肉体は、上司である直弘に、たっぷりと開発された。

勤務前の朝、或いは勤務が終わり、皆が帰った後。菜穂子は院長の部屋で何度も抱かれた。

恋人はもう1年もいないんです。菜穂子は直弘に嘘をついていた。

交際相手の存在を密かに想い、彼女は上司に心までは開いていないつもりだった。

だが、体の求めを拒絶することはできなかった。

そこでの職を手放したくないという思い以上に、菜穂子の体はもはや、直弘の熟練した技巧に溺れつつあるといってもよかった。

自分が知らないことを、彼は少しずつ教えてくれた。

未知の悦びの存在を、菜穂子の若い体は確実に覚えつつあった。

自分が、この数か月でひどく汚れてしまったような気がする。

そして、これからはもっと・・・・。

今、菜穂子は、別の男からの誘いに乗るよう、院長から指示を受けていた。

佐伯という名前の男は、直弘の昔からの知り合いで、クリニックの近くに住む会計士とのことだった。

その男に一晩付き合うよう、菜穂子は執拗に直弘から命じられている。

だが、なかなかそれに踏み切ることができなかった。

一度会った佐伯という男に、あまりいい印象を抱かなかったのがその理由だった。

先輩看護師たちの噂によれば、彼はもう何人もの若い看護師を直弘から紹介してもらい、その体を弄んでいるらしい。

時には海外にまで連れていくこともあるとのことだった。

これ以上、深みにはまる訳にはいかない。

このままじゃ本当に私・・・・・。

菜穂子は、密かに転職活動を始めると同時に、自分から恋人に今回の旅行に行くことを誘った。

仕事のことを忘れ、恋人に激しく抱かれたいと思った。

「菜穂子、これうまそうじゃない?」
宿に荷物を置いた若い二人は、夕刻の温泉街のそぞろ歩きを楽しんでいる。

土産物店が並ぶ狭い通りで、互いの手を握り合いながら、二人は特に目的もなく、店を冷やかしていた。

「何かしら。ふーん、温泉まんじゅう?」
「甘そうだなあ。菜穂子はこんなの好きなんだろ」
「そうね。あったかいお茶と一緒に食べたらおいしそう」

他愛もない会話をして彼と見つめあうだけで、菜穂子は自分がどこかに置き忘れた幸せを取り戻せるような気がした。

あそこはやはり異常・・・・。あのクリニックを早く去らないことには、もう抜け出すことのできない渦に巻き込まれてしまう。

恋人と指先を一層強く絡めあいながら、菜穂子は肢体を熱くした。

彼が買ってくれた土産をぶらさげ、二人は店を出た。

日没まではまだ時間があるが、さすがに少しずつ夕闇の気配が迫ってきている。

「菜穂子、そろそろ宿に戻ろうか」
「うん」

今まで来た道を、二人が戻りかけた時だった。

少し先に、菜穂子はそれを見た。

「あれ?」
菜穂子は思わず立ち止まった。

「どうした。えっ、まさか知ってる人?」
恋人の問いに小さくうなずきながら、菜穂子は動こうともせず、視線を先に注いだ。

土産物屋が並ぶ細い路地には、多くの客が行き来している。恋人が指摘したように、海外から来たと思われる客も何人かいた。

アジア系のグループが歩く先に、菜穂子は日本人の男女、二人連れが歩いているのを見た。

後ろ姿であったが、一瞬、菜穂子は女性の横顔を見た。

それは、菜穂子がよく知る女性だった。

「誰? まさかクリニックの人?」
「・・・・」

鼓動が高鳴るのを、菜穂子は感じた。だが、若い彼女の好奇心が、不安に勝った。

その男性の顔を見ないことには、菜穂子は落ち着くことができなかった。

それが誰なのか、菜穂子には勿論想像がついている。その男性に、菜穂子はここにいる自分を絶対に見られたくはなかった。

「こんなところに二人で来るんだ・・・・」
意外そうにつぶやき、菜穂子は恋人を引っ張るように速足で歩き始める。

前を行く二人は、旅館のものと思われる浴衣を着ていた。

女性は、男性と隣同士ながら、少し距離を置いて歩いていた。それは恋人同士というよりも、どこかに緊張感をたたえた眺めだった。

だが、二人は楽しげに談笑しているようでもあった。

速足で歩いていく菜穂子とその二人連れの距離が少しずつ縮まり、間にいる他の観光客の数も減っていく。

菜穂子の鼓動も高まっていく。

その二人まで10メートル程度の距離まで来た時だった。

菜穂子は、それまで離れていた男性の手が、一瞬女性の腰に巻かれたのを見た。女性はそれを振り払うことなく、逆に自分から彼の腕をつかんだ。

女性が男性にすがりつくように、肢体を寄せる。

彼女の頭にキスをするように動いた男性の横顔が、菜穂子にとらえられた。

「えっ・・・・」
限界にまで高鳴っていた菜穂子の鼓動が、一気に収まっていく。

それは、菜穂子が想像していた男性ではなかった。

安堵を得ると同時に、菜穂子は別の戸惑いを感じ始めている。


(↑クリック、更新の励みです。凄く嬉しいです。次回更新、1月4日の予定です。皆さまどうぞよいお年をお迎えください。)
Comment
また来年です!
遅ればせながら、再開おめでとうございます。

なにか、心境の変化ですか。「罪と罰」の意味合いのテーマが前作に今作と続いてますね。作品に深く入り込めるのでとても読み応えがあります。

来年が待ち遠しくなる今年の終わり方でした。次回が楽しみですm(__)m

お身体ご自愛下さい。この一年、ありがとうございました。のりのりさんもよいお年をお迎えください^_^

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