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LOVE47(24)

2016 01 04
夜の闇の気配はどこまでも甘く、二人の間に存在する気配もまた・・・・。

葉子にとって、最近開発が進み始めたこの温泉地に来ることは初めてだった。

初めてなのは目的地だけではない。

家族以外の異性と二人で旅をすることが初めてであれば、偽名で宿の予約をすることもそうだった。

「野畑さん、本気ですか?」
数週間前、葉子の提案に彼は驚いたように声をあげた。

彼には依然、本当の名前を教えてはいない。

彼は人妻がうその名前を言っているのではないのかと、どこかで疑っているようであった。しかし、それを問いただすような真似はしなかった。

葉子もまた、彼のことを垣内としか知らない。

それもまた、偽名なのかもしれない。

でも、名前なんてどうでもよかった。

ただ、彼と一緒に過ごす時間さえあれば。

「二人で温泉に?」
「この前ね、旅行代理店のパンフレットにこんなのを見つけたから」

それは、佐伯が葉子を誘ったのと同じ温泉地にある、別の宿だった。

「でも、大丈夫なんですか、こんなところに行って。ご家族が・・・・」
「家族のことはもう言わないって約束よ」
「そうでした。でも・・・・・」

夫に対する罪悪感はみじんもない。

複数の若い看護師を連れて、佐伯と頻繁に夜の街に繰り出している。

私はただ、もう少し、あと少しだけ、この夢に浸り続けたい。

いつかは必ず崩壊し、罪を償うことになるだろう。

それがわかっていても、葉子にはもう、自分自身の行動に制約を設けるつもりはなかった。

少しは自由にさせてもらいますから。そんなささやかな決意が、人妻を大胆すぎる行動へと駆り立てていく。

だが、葉子のためらいはゼロではない。

「私の家族のことはいいんだけど・・・・、やっぱり無理よね、こんなの」
「えっ?」
「彼女が怒るわよね」

まるで少女のような葉子の態度に、彼は思わず笑いだす。

裸のまま、二人はベッドの上で、シーツにくるまっている。

葉子の細い躰を、彼が強く引き寄せる。

「こんなホテルに野畑さんと来てること自体、既にアウトですよ」
「・・・・・」

「酷い男です」
「・・・・・」

「彼女とだって、温泉になんか行ったことないのに」
「ごめんなさい、私、どうかしてたわ。忘れて・・・・」

「じゃ、いつにしますか?」
「・・・・・」

夕暮れの温泉街を歩きながら、葉子はホテルの一室で交わした彼との会話を思い出していた。

彼は、今日、会った時から口数が少なかった。

その表情には、どこか迷っているような、罪悪感に苦悶するような、そんな色がはっきり浮かんでいた。

葉子は何も言えなかった。

いつものような他愛もない会話を展開することもできず、二人はどこかぎこちない様子で歩き続けている。

周囲の目を気にするように距離を開ける彼を感じながら、葉子は思った。

私はここでいったい何をしているんだろうか、と。

若い彼を追い込むようなことを・・・・・。

「このまま東京に帰りましょうか?」
歩きながら、葉子は彼にささやいた。

しばらくの沈黙の後、彼は前を向いたまま言った。

「野畑さんらしいですね」
「・・・・」

「そんなこと言うのかなって、さっきからずっと思ってました」
「だって・・・・・」

「ねえ、知ってますか、この温泉地に素敵な花畑があるって」
「えっ?」

「山に入って結構歩くらしいですけど。湖のほとりに花畑が広がる場所があるんですって」
「湖に、花畑・・・・・」

「不思議ですよね。僕たちが出会ったあの歌と似てると思いませんか?」
「そうね・・・・・、本当に・・・・・・」

彼が伸ばしてきた腕を、葉子は無意識のうちにつかみ、もたれかかるように肢体を彼にそっと寄せた。

彼は拒むことなくきつく抱いてくれた。

「明日の朝、一緒に行きませんか?」
「えっ?」

「ここで一晩泊まって、明日、朝一で湖まで歩きましょうよ」
「・・・・・」

「そこで花のネックレスを作りますから」
「・・・・・」

「白鳥になってください。いいですよね」

言葉を返すことができず、葉子は横を歩く彼の体に顔を埋めるように動かした。

その夜、葉子は小さな温泉宿で、女としての最上の歓びに浸った。


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