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LOVE47(32)

2016 01 29
あの旅行が終わり、夏の気配が一層濃くなってきたころ、葉子は彼と会うことを止めた。

彼の仕事が忙しくなったというのが、一つの理由だった。

「大丈夫よ。構わないから、私は」

確かな嘘も隠されてはいたが、その言葉は葉子の本音でもあった。

あの1泊旅行で、葉子は最上のものを彼に与えられた。

また、あの時の歓びに浸りたい。

一度快感を知ってしまった肉体は、それを忘れることなどできず、もっと、もっと、と欲しがっている。

47歳の自分の躰が、まるで若い女性のそれのように、いや、それ以上に感じやすく、欲情に素直なことに、葉子は戸惑わずにはいられなかった。

だが、しばらくは、あの一夜の余韻に浸りたいとも思った。

少しの間、会わないほうがいいのかもしれない。

一度犯した罪の道を、もはや、戻ることなどできない。

だが、それでもなお、葉子は夫以外の若者に一途になってきた過去の半年を、少し冷静に受け止めたいと思った。

彼が与えてくれた、絶頂の心地を思い出しながら。

「わかりました。でも、仕事が落ち着いたら、また会えますよね」
少し不安げな彼の言葉に、葉子ははっきりと言った。

「ええ。私だって、同じ気持ちだから・・・・・」
「よかった。じゃ、しばらくは仕事に専念しますよ」

「仕事だけじゃないわ」
「えっ?」

「彼女よ」
「ああ・・・・・、まあ、それは・・・・・・・・」

言葉に詰まる彼に、しかし、葉子もそれ以上何も言うことはできなかった。

そのことは、この半年の間、ずっと葉子の頭の片隅に置かれ、良心を震わせ続けている。

夫だけじゃない。若者の彼女に、あなたはひどいことをしているわ・・・・。

彼女を大切にしなさい、などと言える立場ではないのだ。それであれば、自ら身を引けばいいだけだ。

葉子には、だが、その決断ができなかった。

だからこそ、しばらく間、葉子は逢瀬のインターバルを置きたかった。

もしも、その間に彼が恋人との関係を完全に取り戻したなら・・・・・・。

それならそれでいい。いや、むしろ、私はそうして欲しいのかもしれない。自分の罪を罰してもらうには、それが最上の結末なんだろう・・・・・・・。

そして、彼とのコンタクトをしばらく絶ち、葉子はこれまでの生活に戻った。

夫、娘と共に暮らす。

家事に専念し、刺激を求めることもなく、自宅にこもるのだ。

当然予想してはいたが、夫の行動には以前と何の変化もなかった。

相変わらずクリニックの看護師たちとよろしくやっているようだ。夕食を家で済ませることはほとんどないし、週末にどこかに泊まりで出かけることも多かった。

佐伯とも頻繁に会っている。

葉子は思い出す。

一緒に温泉に行こう、と誘ってきた佐伯の言葉を。

裸が見たいと大胆に迫ってきた、あの男のことを想起するだけで、葉子は感情を乱し、平静ではいられないような気がした。

あの人、看護師の誰かと、いいかげん一緒になればいいのに・・・・・。

ずっと独身を貫いている佐伯に対し、葉子はそんなことも思った。

葉子は、どこかでまたあの男と遭遇すること、或いは夫に会うという口実でこの自宅に押し掛けてくることを恐れた。

だが、葉子の懸念とは裏腹に、彼が目の前に現れることはなかった。

どうせ、若い女と遊んでいるんだわ。もう私になんか、構わないでいいんだから・・・・・・・。

********

それは、7月になったばかりのある朝だった。

「ママ、最近はあまり外に行かないのね」

出勤前の娘から、鋭い指摘を受け、葉子は言葉に詰まった。

「学生時代のお友達とはもう遊ばないの? みんなで温泉にまで行っていたじゃない?」
「そうね。最近は皆、忙しいのよね」

「みんな子育ても一段落して時間を持て余している、なんて言ってなかったっけ?」
「そりゃそういう人もいるけど、まだ子供が学生って人だって多いんだから」

「ふーん。ママは外で過ごす時間が多いほうがいいと思うけどな」
「そうかしら」

「最近少し暗いわよ、ママ」
「失礼ね・・・・・」

本心を娘に教えられたような気がした。ずっと気づかぬふりをしている、自分自身の本心を。

「パパは相変わらずよ」
「さあ、どうかしらね・・・・・・」

玄関に歩き始めた娘を見つめながら、葉子は適当に答えをごまかそうとした。

普段と格別変わらない、毎朝同じ景色のはずだ。だが、その時の葉子は、今朝は何かが違う、と感じた。

母親の直感だった。

「ねえ、理穂。ママのことはいいんだけどさ」
「・・・・・」

母親の言葉が聞こえないかのように、振り向こうともせず、娘はパンプスをはき、出勤しようとしている。その後ろ姿を見ただけで、葉子は確信した。

「あなた、何か言いたいんじゃないの?」
「ママ・・・・・」

「ママのことじゃなくて、あなた自身のことよ」
「ふふっ、わかったか、やっぱり・・・・・・」

「何かママに隠してるでしょう」

ようやく振り向いた娘は、妙に緊張した様子のまま、しばらく何かを迷うように、視線を動かした。

そして、葉子をきりっと見つめて言った。

「パパには内緒よ、ママ」
「勿論」

「あのね・・・・・・・・」
「何よ・・・・・・・」

「今度、彼と会ってもらえないかな」

何となくは想像していたが、娘のその言葉を実際に聞き、葉子は思わず顔をほころばせた。しばらくの間、忘れ去っていた、母親としての喜びを、葉子は思い出したような気がした。


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