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LOVE47(35)

2016 02 09
「何だか今日の剛、いつもと違ったね」
「・・・・」

数時間前歩いた道を、今は逆に向かって歩いている。まさかこんな気分でここを歩くことになるとは。駅に向かう垣内剛の表情には、まだ焦点の定まらないような気配があった。

「聞いてる?」
「えっ?」

「もう、剛ったら・・・・。緊張してた、もしかして?」
「そうかな・・・・。そうかもね・・・・・・」

「ママともほとんど話すことなく、ずっと座りっぱなしでさ。ママもママもよね、まるで剛につられたみたいに、今日は妙におとなしかったわ」

「初めて会ったんだから。まあそんなもんじゃないのかな」
「そうかしら」

夕闇が少しずつ迫ってくる道で、理穂は彼の腕にそっとすがった。

「で、どうだった?」
「何が?」

「ママのことよ。どう思った?」
「どうって・・・・、理穂が言ってた通りだったよ」

「どんな風に?」
「気さくで明るくて、それに・・・・・、そうだね、ほんと綺麗だよね、お母さん」

「でしょ? 47歳であれだから、まだまだいけると思うんだけど」
「お父さんとはやはりうまくいってないのかな?」

「ええ・・・・。お互いにもう、割り切ってる感じかな。パパはクリニックのお仕事に夢中なの。そこにたくさんいる綺麗な看護師さんも含めてね」

「看護師さん、か・・・・・」

「明らかに顔で選んでるからね、うちのクリニックは。高齢の患者さんも喜ぶらしいわよ、かわいくて若い看護師さんがたくさんいるクリニックは」

「へえ」

「パパは看護師さんをとっかえひっかえ遊んでるみたい」
「ほんとに?」

「残念ながら・・・・・。悪いお友達もいるみたいでさ」
「悪いお友達?」

「パパの幼馴染で独身の男の人がいるの。その人がまた女性好きらしく」
「そうなんだ」

「だからね、ママはもう、パパのことなんかどうでもいいみたいなの」
「・・・・・・」

「あんなに綺麗なんだから、もっと遊べばいいのに、なんて思うんだけどね。少し前は珍しく学生時代のお友達と頻繁に出かけてたけど、最近はまたひきこもってるわ・・・・・。ねえ、聞いてる?」

「ああ・・・・」

日曜の夕刻、駅前の商店街は多くの人でにぎわっていた。駅に行くのを嫌がるように、ゆっくり歩く二人の反対方向から、一人のスタイルのいい若い女性が歩いてきた。

膝上のスカートの下に、細い両脚がまぶしく光っている。

「こんにちは」
「あら、理穂さん」

すれ違いざま、二人がそんな風に声をかけあうのを、剛は見つめていた。

「知ってる人?」
「噂をすればなんとやら、ってやつかな」

「まさかクリニックの看護師さん?」
「ええ。ほとんどの看護師さんを、私、知らないんだけど、たまたまあの人とは話す機会があって。確か、木崎さんって言ったかしら」

「確かに綺麗だな」
「でしょう?」

彼の言葉に少し不満を抱くように、理穂は意味深な視線を投げた。彼女のそんな態度に構うことなく、剛は歩き去っていく看護師の後ろ姿を見つめた。

すれ違いざまに、その看護師は理穂と剛の顔を見比べるように視線を動かし、一瞬浮かんだ戸惑いの色を、爽やかな笑みで巧みに隠した。

垣内剛には、その美しい看護師が見せたそんな仕草が、妙に印象に残った。

「今日はここでいいよ、理穂」
そして、彼は駅前で彼女と別れた。

彼を見送ると言って駅まで歩いて行った娘のことを思いながら、波多野葉子は未だ、息苦しいような気分から抜け出すことができずにいた。

娘が連れてきた彼氏を目の前にした瞬間、葉子は文字通り、固まってしまった。

理穂は何か気づかなかっただろうか・・・・・・。

葉子は、数時間、懸命な演技を続け、平静さを装ったつもりだった。だが、そこには確信はまるでなかった。

今日の自分は、明らかにおかしかった。

普通でいられる訳がない・・・・・・・

葉子は、運命のいたずらに、笑ってしまいたいような気分だった。

「垣内剛・・・・・・」

娘の彼氏が渡してくれた名刺を、葉子はじっと見つめている。

彼の言葉に嘘はなかった。

八重洲近辺の金融機関に勤務する、エリートサラリーマンの名刺が葉子の手の中にあった。

「私の名前は・・・・・・、ごめんね・・・・・・・、波多野葉子っていうの・・・・・・・・・・」

これで偽名を使う必要から解放された。

いや、今後、彼と二人で会う機会も、これで完全に失われたのだ。

あまりに唐突な、そしてショッキングな終焉に準備ができないように、葉子は夏の夕刻の気配を窓の外に感じながら、ただ彼の名刺を見つめ、そこに立ち続けた。

娘が帰宅するまでに、涙をぬぐい去る必要があった。


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