FC2ブログ

LOVE47(39)

2016 02 23
葉子は、伏せていた顔を上げ、至近距離に座る男を見つめた。

この男には、何度もこの部屋で体を弄ばれ、いじめられてきた。

しかし、全てを奪われたわけではなく、まともに唇を重ね合わせたことさえ、ほとんどない。

服の上から胸をまさぐられ、執拗にヒップを撫でまわされた程度だ。

この男は悪ぶってはいても、ある一線を越えるような真似は、これまで犯してこなかったのだ。

だが、今夜は違う。

この男は、私の全てを求めてくる。

私の自宅である、この場所で・・・・・。

「自分も飲むためにグラスを持ってきたんだろう?」

彼の息が感じられるほどに、二人は接近していた。

だが、佐伯はいつもとは違い、その腕を伸ばしてくるような行為は控えている。

それが、葉子を逆に追い込んでいる。

今夜、最後には、私はこの男の好きなようにされてしまうのだ。

「水割りはそんなに好きではありませんから」
「何を緊張してるんだい、奥さん」

「えっ?」
「俺に全てを知られてしまったからか」

「・・・・・・」
「若い男と不倫している事実を」

「・・・・・・」
「しかも、それが娘の彼氏とは」

「言わないでください!」

葉子は、思わず声を荒げ、佐伯を見つめた。

うっすらと笑みを浮かべたまま、佐伯はグラスをかざし、混乱した様子の人妻を見つめている。そして自分からトレイの上に手を伸ばした。

理性を失ったことを恥じるように、葉子は体を動かし、佐伯のためにスペースをあけた。

慣れた手つきで男は氷をグラスに入れ、ウイスキーを僅かに注ぐ。

「薄目がいいかな、奥さん」
ミネラルウオーターを注ぎ、そのグラスを、顔をこわばらせている人妻に渡す。

「奥さん、乾杯だ」
促されるまま、葉子は、仕方ないといった様子で彼とグラスを鳴らす。

「そんなとこに座ってないで、こちらに来ればいい」
脚を崩し、床に座ったままの人妻に、佐伯が声をかける。

依然として、指一本触れようとはしない。ただ視線で、人妻に自分の隣に座るように促すだけだ。

大型のソファに座る佐伯の隣には、十分すぎるスペースがあった。クリニックの院長の自宅である証左のように、高級感溢れた長椅子だった。

葉子は立ち上がり、小さく会釈をするように顔を動かした。髪をかきあげるようにしながら、佐伯と距離を置く位置に、そっと腰を沈める。

男は人妻に腕を伸ばすのでなければ、近づくように促すわけでもなかった。

ただ満足そうに、先ほど人妻と重ねたグラスに入った水割りを舐めるように飲み、正面の壁を見つめている。

葉子も何口か、アルコールで唇を浸し、その熱い液体を喉奥に流し込んだ。

彼は薄目に作ってくれたが、しかし、それでも、かっとするような熱さが葉子の体奥を妖しく刺激した。

かすかな酔いの気配と共に、人妻は緊張の気分を僅かにほどくことができた。

姿勢を正したまま、葉子はグラスを握りしめ、佐伯の隣で座り続けた。視線をかわそうともせず、男と同じように、ただ正面を見つめている。

「先日、ある女性に言われたんですよ、奥さん」
佐伯が口を開いたが、葉子は返事をしようともしなかった。だが、その言葉に関心を示さずにはいられなかった。彼の口ぶりには、そんな雰囲気があった。

「佐伯さんはどうしてずっと独身なんですか、とね」
「・・・・・・」
「波多野と同い年、もう50だよ、俺も」

何口かのアルコールが、人妻に、本当につい、といった風に口を開かせてしまう。

「その女性の方と結婚されればいいわ」
葉子の言葉に、佐伯はまっすぐ前を見たまま、グラスの中の氷を揺らした。

「彼女は知ってるんですよ。俺にそのつもりがないことを」
「とっかえひっかえ女の子を変えて遊び続ける男性だってことを、知ってるってことかしら」

葉子の体奥のどこかで、少し言い過ぎたのでは、という気分がうごめく。人妻は、しかし、気づかぬふりをし、自分自身に言い聞かせた。

それは事実よ。こんな男のことを同情する必要など何も・・・・・。

「彼女はこう言った」
「・・・・・」

「佐伯さんが結婚しない理由を教えてあげましょうかって」
「それは、たくさんの他の女性と」

「院長の奥さんが好きなんでしょうって」
「・・・・・・」

別に、想像できなかったわけではない。この男がこんなことを言うことぐらい、葉子には既に容易に想像できていた。

だが、葉子はなぜか、鼓動のたかぶりを感じた。

「院長の奥さんのことが吹っ切れないから、いつまでも結婚しないんだってね」

だから、どうしたっていうの。

葉子は佐伯の言葉に支配されることを避けるように、再びグラスに唇をつけた。だが、そこには既に液体は存在していなかった。

巧みに察した佐伯に、素早くグラスを奪われる。

なすすべもなく、葉子は彼にグラスを渡した。無言のまま、佐伯は2杯目のグラスを人妻のために用意した。

そして、それを渡した。

「何十年も思い続けてきた女性を、こんな風にものにしたくはなかった」
佐伯の言葉には、妙に深刻なトーンがあった。

「できることなら一緒に温泉にでも行ってね、勿論、波多野には内緒だ。そこで二人でたっぷりと愛し合う。そんな夢物語を、ばかみたいにずっと見続けていたのが俺さ」

「・・・・・・」

「こんな風に脅迫めいた真似はしたくはなかったんだぜ、奥さん」

「佐伯さん・・・・・」

「だが、あの写真が俺のちっぽけな良心を簡単に掻き消しちまったな」

「・・・・・・」

「今夜、俺は徹底的にひどい男になる」

「・・・・・・」

鼓動を激しく高めたまま、葉子はグラスを握りしめ、ソファで固まっている。

しばらくの沈黙があった。人妻は、全てを覚悟し、同時に、何かに救いを求めるように、表情を妖しげに歪めている。

「シャツを脱げ、奥さん」

佐伯の言葉が、応接の静寂を鋭く貫いた。


(↑クリック、更新の励みです。凄く嬉しいです。次回更新、2月26日の予定です。)
Comment

管理者のみに表示