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LOVE47(57)

2016 05 06
湖畔に他の人影はなかった。

静寂の世界に存在するのは、手を固く握り合った二人の男女だけだった。

「不思議ね。誰もいないわ」
女はそっとささやき、周囲の空間を見つめた。

「素敵」
一面に咲きほこる花畑を見つめる女性の表情が、僅かに揺れる。

「まだ穴場なのかもしれませんね」
隣にいる女の手を握る手に力を込め、男が静かに言った。

秋の午後は長くはない。

澄み切った青空からは、依然、優しげな陽光が注いでいる。

だが、夕暮れの気配は、確かに近づいていた。

それは、しかし、二人だけがそう感じていたのかもしれない。

終わりが近づいているという、確かな予感を。

「歩きましょう」
「そうね」

男の誘いに、女はためらうことなく答えた。

さして大きな湖ではない。

巨大な池と言ってもいいのかもしれない。

どこまでも澄んだ水の中、何匹もの魚が泳いでいるのが見える。

「いつからいるのかしら、この魚」
「さあ」

「ねえ、どうやってこの湖に来たのかしらね」
「そうですね、空を飛んできたんじゃないですか、その昔」

いつもの二人を取り戻そうとするように、二人はクスクスと笑いながら、歩き続けた。

やがて、咲きほこる白い花々に囲まれた小さな空間に二人はたどり着いた。

初めて来る場所なのに、二人は以前から知っていたかのように、そこに立ち止まった。

そして、体を寄せ合いながら、湖を見つめた。

「白鳥がいないわ」
「しらとり、ですか。確かにいる気配はないですね」

二人は同じことを考えている。

あの日、九段下で出会うきっかけになったコンサート。

そこで歌われた曲のことを。

「いますよ」
「えっ、どこ?」

男は立ったまま、女をやさしく抱いた。

見つめ合うように抱き合ったまま、二人は互いの肉体を感じあった。

「僕の目の前にいます。しらとりは」
「・・・・・・・」

目を潤ませた女を見ることに耐えきれないように、男は彼女をきつく抱いた。

そして、自らも涙を流した。

言葉を発したのは、女のほうだった。

「ここがいいわ」
男は、彼女の言葉の意味を勿論理解している。

抱擁の力を緩め、女を見つめた。そして、小さくうなずきながら、言った。

「最後のプレゼントがあります」
そう言うと、男は女を離し、周囲の花を摘み始めた。

柔らかな芝が広がるその場所に、女はそっと腰を沈め、男の様子を見つめた。

やがて、男は集めた花弁と茎で、器用にそれを編み始めた。

肢体を熱くさせながら、女は彼を見つめ続けた。

「ほら。できましたよ」
彼がそれを女の首にそっとかけた。

涙で濡れた女を抱き寄せる。

「これ以上、望むことなんかない・・・・・」

しばらくの後、女がバッグに手を伸ばすことを、男は止めようとはしなかった。

静寂は、依然として、完璧に存在していた。

見つめ合い、二人はそれを口にした。

そして、抱き合ったまま、芝の上に横たわった。

「キスして・・・・・・」
女の声は震えていた。

情熱的な仕草で、男は最後の口づけを与えた。

「葉子・・・・・・・・」
「剛・・・・・・・・・」

穏やかに注ぎ続けていた日差しが、一瞬かげった。

どこか遠くで娘の声が聞こえるような気がする。

理穂・・・・・・・

遠くじゃない。

すぐそこで・・・・・・。

波多野葉子はそっと目を閉じた。


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