FC2ブログ

甘い蜜(4)

2016 07 12
「へへ、お忙しいですよね」

市役所近所の小さな喫茶店で、忠彦は内藤と向き合った。

少し前、別の喫茶店でこんな風に室石工務店の杉野と密談したことを、忠彦はふと思い出した。あれも気分の悪い面会だったが、今日は別の意味で不快を感じていた。

もっと深刻な意味で。

「忙しいですから、手短にお願いできますか」
忠彦は平静を装いながら、目の前にいる男の姿を改めて見つめた。

室石にいたときと比べ、身に着けているものは明らかにレベルが下がっていた。これほどに貧相な印象はなかったはずだが。過去、数回しか会っていない男だが、忠彦はそう思った。

確か2、3年年上、まだ40代のはずだ。だが、スーツはすっかりくたびれたもので、しわが目立つ。革靴も汚れ、ネクタイも安っぽい。

一方で、どういうわけか、顔つきにはぎらぎらとした炎がまだ残っているように感じられた。外を出歩いてばかりいるのか、よく日焼けした風貌、そして白髪がやや目立つが、豊富に残る頭髪。

以前はもう少し太っていたのではなかっただろうか。ジムに通い詰めて贅肉を無理に落としたかのような体つき。

身に着けたものは貧乏くさいが、男としての野性味だけは失っていない。それどころか、強い欲情の存在を感じる。そんな印象を、忠彦に与えた。

「すみませんね、課長さん、忙しいところを押しかけたりして」
媚びるように愛想笑いを浮かべながら、内藤はうまそうに水を飲んだ。そして、忠彦にこう切り出した。

「課長さん、俺の事、聞いただろう?」
「えっ?」
「やだな、とぼけちゃって。俺、室石、首になったんだよ」

内藤との会話を避けるように、忠彦は若いウェイトレスにアイスコーヒーを二つ注文した。内藤は、観察するような視線を忠彦に注いだままだ。

「実は杉野さんから少し聞きましたよ」
「へえ、どう聞いたんだい?」

「事情があって他社に転職されたとか」
「事情があって他社に転職かい。うまいこと言いやがる、杉野のやろう」

おかしそうに肩を震わせて笑う内藤に、忠彦は妙な胸騒ぎを感じる。

「あいつら、俺の告発を強引に封じ込めようとしたんだぜ。聞きたいだろう、課長さん」
内藤の言葉に、忠彦は鼓動を早めた。告発とは、いったい・・・・・・。

「室石とは少々揉めてね。まあ、いろいろあったんだが、俺も納得できないところがあってさ。仕方ないので、隠し兵器をちらつかせたわけよ。ほら、俺、全部知ってるじゃない? ・・・・・・、おい、姉ちゃん、この店、たばこいいの?」

ウェイトレスが戸惑った様子で、禁煙であることを内藤に告げる。手にしたたばこを指の中で転がしながら、内藤は続けた。

「そっちがその気なら、こっちは全部告発してやろうかってな。俺にはもう、失うものはなかったからね。あのさ、俺、女房と別れたんだよな」

「離婚、ですか?」

内藤の家族構成は詳しく知らなかったが、確か結婚して、子供が何人かいたはずだ。

「子供も全部女房が引き取った。会社での不正に絡んでいることが家族にばれちまうことだけが不安だったからな。もうこうなった以上、それもどうでもいいや、ってな気になってね」

「・・・・・」

「室石もさすがに焦った。あの手この手で脅してきたんだが、最後には手打ちをしたってこと。俺は室石を辞める。室石はそれなりの処遇を俺に用意する」

「随分お金はもらったんでしょう」

「勤務先もあいつらに見つけてもらったさ。その代わり、俺は口を閉じる。室石が窮地に陥るようなことは、二度と口にしない。万一口を割ったとき、俺の命の保証はない」

淡々と話す内藤が、忠彦にはどこか怖くなった。こんな男とは、もう関わりをもちたくもない。

「内藤さん、今度もゼネコン関係なんですってね」
気づかぬうちに、忠彦は内藤の機嫌を取るような口ぶりになっている。

「これが名刺。どうぞごひいきに」
そこには忠彦さえ聞いたこともない工務店の名前、そして経理部長、という肩書が書かれていた。

「それでね、課長さん、今日は一つ相談にあがったわけよ」
「何でしょうか」

この零細なゼネコンに仕事を回してくれ。恐らく内藤は、そんなことを要求してくるのだろう。だが、応えるわけにはいかない。この男とは縁を切ったほうがいい。

「内藤さん、もう裏では何も動けませんよ、私は」
「・・・・・・・」
「最近では少しでも不審な動きはすぐに追及されますから。私も課長という立場ですから、もう下手なことはできません。室石さんにも既に理解いただいてますよ」

笑みを浮かべながら、内藤は忠彦の言葉を静聴している。不気味な笑みだった。どこか馬鹿にしたような、そして怒りを隠しきれないような、そんな笑みだった。

「へへ、私も課長、ですか・・・・・・・」
「えっ?」

たばこに遠慮なく火をつけ、内藤は深々と肺に吸い込んだ。戸惑った様子の若いウェイトレスは、彼に声をかけることができない。

ゆっくりと煙を吐きながら、顔をしかめ、内藤は忠彦を見据えた。

「課長さん、いったい誰がそこまでの立場にのしあげてやったと思ってるんだい?」
「内藤さん、いや、室石さんのことはね、私だって本当に感謝・・・・」

「おまえ、全部ばらすぞ」

内藤の低い声が、忠彦の腹に刺さった。

知っている・・・・・・・・

忠彦は、直感でそう思った。室石工務店の杉野が、内藤の今日の訪問を知っていることを。それだけじゃない。市役所の土木課長を脅迫することを黙認したのだ、室石は。

過去をネタに何かしたいのなら、俺たちじゃないだろう、相手は。市役所にいいカモがいるじゃねえか。両者の別れ際、こんな会話が恐らくあったのだ。

「全部ばらしてやろうか。過去の課長さんの悪事を」
「・・・・・・・・・・」
「市役所に、他のゼネコンに、そして、あんたの家族に」


(↑クリック、更新の励みです。凄く嬉しいです。次回更新7月14日の予定です。)
Comment

管理者のみに表示