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甘い蜜(6)

2016 07 18
あの金額で内藤が満足したのかどうか、忠彦には勿論不安があった。

内藤に市役所に訪問され、半ば脅迫された日からまもなく、忠彦は彼と再会した。そして、無言のまま頭を下げ、小さな封筒を彼に渡した。

「課長さん、なんですか、これは?」
白々しく聞いたものだ、内藤は。

忠彦は無言を貫いた。困ったような顔つきで首を振りながら、内藤は封筒の中をあらためた。そして、満足したような、しないような、微妙な笑みを浮かべつつ、忠彦にささやいた。

「すまんね、課長さん」
「・・・・・・」

「物分かりが早いよ、あんたは。出世するわけだ」
「・・・・・・」

「悪いようにはしないさ。俺だって、少しはお返ししてやるからよ」
「もう構わないでもらえますか」

忠彦が最後に発した言葉を遮るように手を振りながら、内藤はその場を去った。相変わらずくたびれたスーツ姿のまま。

その日から2週間ほどが既に経過している。

8月も半ば。まだまだ暑い日が続く。役所はお盆休みに入ろうとしていた。

内藤はあれで満足したのだろうか。

妻には勿論内密に、忠彦はあの金を手配した。それは、過去に違法に受け取った金銭からのキックバックと言ってもよかった。

これ以上、つきまとうようなことはないはずだ。

そう言い聞かせながらも、忠彦は不安を捨て去ることができない。

家族のことにさりげなく触れた彼の言葉は、まだ忠彦の心を揺さぶり続けている。

「あなた、どうしたの、お仕事大変なの?」
妻が、不安げに何度か忠彦にそう声をかけた。

「い、いや・・・・・。ところで遥は元気なのか?」
「9月から学校が始まるみたいよ。いよいよだけど、どうなるのかしらねえ、あの子」

交換留学として先般海外に旅立った一人娘。内藤がその事実を知っていたことに、忠彦は未だ、戸惑いを覚えている。家族のことなど、何も知らぬはずなのに・・・・・・。

半ば見合い結婚で結ばれた妻。名前は正代という。

地元で生まれ育った女性で、陽気でのんびりした性格の持ち主だ。

夫婦関係に特に問題はなかった。忠彦は浮気とは無縁の男だった。専業主婦の正代も勿論同じであり、過去に二人が異性関係でもめたことは一切なかった。

だが、忠彦には夜の生活に、昔から自信を持つことができなかった。自分本位でいつも早急な行為に、妻は果たして満足しているのだろうか。

それに、最近ではめっきり機能が低下した。夜の回数もぱったりと減ってしまった。

妻は、しかし、何の苦痛も感じていないようだった。決して美人というタイプではないが、細身の妻はどこか男好きがするタイプであり、40代になってからは更にそんな雰囲気が強くなった気がする。

しかし、妻は結婚前に誰かと交際した経験がなかった。忠彦が、妻が唯一知る男性だった。そして、夜の生活には、妻は夫以上に淡白で冷めたところがあった。

それは、忠彦には寂しくもあり、同時に、安堵するものでもあった。

仕事は家庭には持ち込まない。これまでも、そして、これからも。忠彦は、内藤との一件のあと、改めてそんなことを誓った。

だが。

始まりは突然だった。

明日から夏休みが始まるという日、帰宅した忠彦に、正代がはしゃぐような声で迎えた。

「どうしたんだ、いったい。何だかうれしそうだな」
「あなた、今日ねえ、こんなもの頂いちゃったわよ」

正代は手にした箱を忠彦に見せつけるように差し出した。

「何だい、それは?」
見慣れぬ箱を、忠彦はじっと見つめた。

どうやらそれは、最近駅前の百貨店地下にオープンしたばかりの人気スイーツ店のケーキのようだった。オーガニックのデザートが売りのその店は、1時間以上並ばないと商品が買えないとの噂だった。

「最近駅前にできたやつだっけ?」
「そうなのよ~。遥がいたら喜んだのにねえ。でも、ま、いっか」

「それ、確か1時間以上並んでるんだろう、みんな」
「そういう噂よねえ。自分で買うのはもっと先かなあなんて思ってたんだけどね。まさかいただけるなんて」

「へえ、どこから?」
忠彦はさりげなく聞いた。

ゼネコンやらなにやら、過去には随分たくさんの贈り物がここに届いたものだ。感覚が麻痺してしまったように、忠彦も正代もそれらの恩恵をたっぷりと受けた。

世間の厳しい目もあり、さすがに最近はそんなやりとりも減りつつあるが、それでもゼロにはなっていない。今回もどこか、ゼネコンからもらったのだろうか。

だが、スイーツの贈り物など、過去にはなかった。まるで妻をターゲットにしたような贈り物ではないか。

「どこから届いたんだ?」
「それがね、あなた、この方が今日午後、直接お届けになってくれたの」

正代が差し出した名刺を見て、忠彦は青ざめた。

「この人がここに?」
「そうなのよ。ご主人にはいつも大変お世話になってますからって。凄く感じのよさそうな方だったわよ。あなた、勿論知ってる方よね・・・・・・・・。ねえ、あなた、聞いてるの?」

「あ、ああ・・・・・・・」
「たまたまこの近くに来る予定があったからっておっしゃってたけど、でも、いいものもらっちゃったわよねえ。ねえ、今晩、一緒に食べましょうよ」

はしゃぎ続ける妻を見つめながら、忠彦は激しい混乱の渦の中にいた。

まさか、内藤がこの家を訪れるとは・・・・・・・・。


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Comment
ようやく今回の人妻が出ましたね。
夫以外を知らない正代さんが女の喜びを知って堕ちていくんでしょうか?

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