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甘い蜜(7)

2016 07 20
「どういうつもりですか、内藤さん」

夏休み明けの初日、忠彦はあの男に電話しないわけにはいかなかった。

「課長さん、こんなに朝早く、どうしたんですか」
内藤の言葉には、明らかな白々しさが漂っていた。電話の向こうでほくそ笑んでいる彼の顔が目に浮かぶ。

「自宅にまで来るなんて、いったい」
「ああ、あれですか」

遠い過去を思い出したような口ぶりの後、内藤は低い声を発した。

「そんなことは少しも珍しくないでしょう、課長さん?」
「えっ?」

「数えきれないくらいのゼネコンが、課長さんの自宅詣でをしてきたはずだ。大量の贈り物を持って。違いますか?」
「それは・・・・・、内藤さん、話をすり替えないで」

「すり替えてなんていないでしょうが」
冷酷なその口調に、忠彦は言葉を失った。周囲の職員がこちらを不思議そうに見つめている。忠彦は携帯を握りしめたまま、机を離れた。

「課長さん、私だって同じですよ。今後、課長とは懇意にしたいからご挨拶にうかがったまで」
「しかし・・・・・・・・」

「しかし、何ですか?」
「もう関わり合うのはよしましょうと・・・・・・・・・」

内藤に支払った金のことを想起しながら、忠彦は声を潜めて言った。

「あれぐらいのお返しぐらいさせてくださいよ、課長さん」
「でも、あんなものをわざわざ家内に・・・・・・・・」

「いやね、たまたま近くにいく用事があったものですからな。奥様も喜ぶかと思いましてね」
「・・・・・・・・・・・」

内藤が自宅に来たという事実を、忠彦は今更ながらはっきりと知った。だが、彼の話はそれで終わることはなかった。

「私は遠慮したんですが、奥様がどうしてもお茶だけでもっておっしゃるものですから」
「えっ?・・・・・・」

「コーヒー、おいしかったですよ。奥様にも言っておいてください」
「・・・・・・・・・」

忠彦は呆然とした。そして、男が言っている言葉の意味を、懸命に整理し、理解しようとした

この男は俺の自宅にあがりこんで、妻にコーヒーを馳走されたというのか。

正代はそんなことを一言も言っていなかったじゃないか・・・・・・・・・・。

「結構なお住まいじゃないですか、課長さん」
「・・・・・・・・・・・」

「それに、知りませんでしたよ、課長さん」
「えっ・・・・・・・」

「課長さんの奥さんがあんなにお綺麗だとはね」
「・・・・・・・・・・・」

「なかなか色っぽい躰してるねえ、奥さん」
「内藤さん・・・・・・・」

「目の保養ってやつだな。昼間からいろいろ楽しませてもらいましたよ、課長さん」

忠彦は頭が真っ白になった。

この男は妻にいったい・・・・・・・・・。

それ以上に、忠彦を混乱させていることは、妻が内藤を自宅に招き入れた事実を一言も教えてくれなかったことだった。

妻は俺に何かを隠しているのか・・・・・・・。まさか・・・・・・・・・・・・・。

「凄く感じのよさそうな方だったわよ」

妻が内藤のことをそう言っていたことを、忠彦は思い出す。

よく日に焼け、どこか精悍さを感じさせるほどの内藤の風貌。そんな男が自宅に上がり込み、妻と二人きりの時間を過ごしたのだ。

しかも、妻は夫である俺にその事実を言おうともしない。

激しい混乱が、忠彦を襲った。

「課長さん、あんた、心配してるんだろう?」
「別に、私は・・・・・・・・・」

「裏取引のことを俺が奥さんに喋ったんじゃないかって」
「えっ?・・・・・・・・・」

「心配するなよ、しゃべるわけないだろう」
「・・・・・・・・・・・・」

「過去のことも含め、何もしゃべっちゃいない。30分くらい、お茶飲んですぐに失礼したよ」
「・・・・・・・・・・・・」

「俺も離婚して、夜の女とたまに遊ぶくらいしか楽しみがないからね。奥さんとおしゃべりして、妙に楽しかったよ」

忠彦は、どんな風にその電話を切ったのか、よく覚えていない。

様々な風景を、忠彦は想像し、混乱を深めた。

正代・・・・・・・・

すぐにでも妻に電話をして、真相を確かめたい気分だった。

だが、それはできなかった。

忠彦はどこかでこわかった。

真相を知ってしまうことが。


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