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甘い蜜(15)

2016 08 29
シャワーを浴びても、肢体の火照りが消え去ることはなかった。

熱いお湯に刺激されるように、浴びれば浴びるほど、全身が熱く、妙な気分になってくる。

「いったいどうしたっていうの・・・・・・・」

正代は全裸でシャワーを浴びながら、自分自身に戸惑うように声を漏らした。

41歳の人妻。

17歳の一人娘は、1年間の海外交換留学に出発したばかりだ。

新婚直後以来の夫と二人きりの生活。でも、そこにロマンチックな要素があるわけではない。

市役所の土木課長として忙しい日々を送る夫、忠彦。仕事がら、帰宅が遅いだけではなく、夫はストレスを感じながら毎日を過ごしているようだった。

最近では、夫はめっきり老け込んだ。

妻を抱くこともほとんどない。それに、もともと夫は淡白なのだ。

正代は、夫以外の男を知らない。結婚前も、特定の交際相手がいるわけではなかった。

だが、正代はそんな過去を気にするようなタイプではない。淡白な夫に不満を感じたことも一度もなかった。

娘との3人の生活が、平凡でも平穏に過ごせるだけで、正代は十分に幸せだった。

そんな安堵が、今夜、私に僅かな心の隙を与えたのだろうか。

違うわ。別に、隙ができたわけじゃない。夫があれほどに懇願するから、今日は、仕方なく内藤さんとの食事に出かけただけ。そこであんな風なことをされたなら、誰だって・・・・・・・・・。

シャワーで裸体を濡らしながら、正代はそんなことを延々と考えている。

結婚後、初めてといってもいい、夫以外の男性との夜の会食。夫に告白した通り、それはどこか恥ずかしく、正代は終始緊張気味に過ごした。

内藤がこの家に初めて訪れたのは、ついこの間のことだ。夫の仕事の関係上、この家に取引先の誰かが訪れることは決して珍しくない。

夫からは、たとえ初めての方であっても丁重にもてなすよう指示されている。ここは普通の会社員の家ではないのだ。正代は既にそれを理解し、何度もこの家で男性の接待に努めてきた。

内藤も、夫の数多い取引先の一人にすぎない。しかし、正代は、彼にどこか違うものを最初から感じていた。感じがよく、話しやすい男性だ。だが、そんな方は過去に何人もいた。

いったいあの人のどこに、自分は違うものを感じているのだろう。それがいい意味でなのか、悪い意味でなのか。それもまだよくわからない。正代はかすかな好奇心と共に、今夜の夕食の席に出かけた。

「奥さんと二人きりで食事するなんて、夢のようですよ」
内藤の言葉には、不思議に、媚びを売るような雰囲気はなかった。

「いつもお上手ですわね、内藤さんって」
「いや、奥さんだけですよ、こんな風に私が本音で話ができるのは」

個室での食事はそんな風に始まり、結局2時間以上続いた。

今夜は久しぶりにお酒を飲んじゃったわ・・・・・。内藤に巧みに奨められ、正代は今夜、日本酒を口にした。夫と一緒に酒を飲むことはまずない。

「ご主人にどうしても今夜はあの男と付き合ってやってくれって言われたんでしょう?」
「え、ええ。いろいろ主人には接待みたいなことを頼まれますが、こんな風に夜出かけることは、さすがにないですから」

「人妻がそんな簡単に夜の街に繰り出してはいけませんな」
「そうですよね」

「でも、奥さん、ご主人がなぜそこまで今夜私を接待するように言ったと思いますか?」
「それは・・・・・、内藤さんにはいろいろとお世話になっていると聞いてますわ。主人はこんなことまで言ってたんですよ。内藤さんに言われることには何でも従いなさいって」

「課長さん、そんなことまで。それはひどいなあ、まるで私が悪人ですな」
「ふふふ・・・・・・」

酔いも手伝ったのか、正代は緊張を感じながらも、次第に楽しさを覚えるようになった。彼の言葉の意味を深く考えることもなく、正代は食事の時間を楽しんだ。

離婚という暗い話題さえも、内藤は面白おかしく話した。そして、市役所にいる忠彦の仕事の難しさについても、正代が知らないようなことを、内藤は細かに話してくれた。

「課長さんも仕事は大変でしょうが、こんな素敵な奥さんが家にいらっしゃるなんて、うらやましいかぎり」
「もう、内藤さん、やめてくださいな、そんなおっしゃり方」

食事が終わり、二人で店を出るころには、正代は心地よい酔いと解放感に包まれていた。自宅に早く戻らねばという気分が、しかし、勿論人妻の心の大半を占めていた。

「奥さん、では駅に向かいましょうか」
「ええ」

内藤と連れ立って夜の繁華街を歩きながら、正代は彼との距離が、今夜確かに縮まったことを感じていた。それこそが、夫の今夜の目的なのだ、と正代は考えていた。

「奥さん、今夜は実に楽しかったですよ」
「私も久しぶりに飲み過ぎてしまいましたわ」

「別れ際で恐縮ですが、奥さん、一つだけお願いがあるんですが」
「主人には何でも聞くように言われてますから、遠慮なくおっしゃってくださいな」

「奥さんの手を握らせてもらえますか」

二人はそのまま歩き続けた。内藤の言葉には、ふざけたような雰囲気が濃厚にあったのだ。正代は体奥でちょっとした困惑を感じながらも、明るい口調で言った。

「まあ、内藤さんったら。主人に怒られますわ」
「離婚したから女性なら誰でもいいってわけじゃないんですよ。奥さんの手が握りたいんです、私は」

内藤の言葉から、冗談めいた色が消えていた。正代は何も言うことができず、内藤の隣を歩き続けた。

内藤がそっと正代の手を握った。

「内藤さんってば・・・・・・・・・」
ささやくような声を漏らしながらも、正代は逃げようとはしなかった。夫の指示に、忠実に従おうとした。

「奥さん、少しだけですよ」
そういいながら、内藤は指先に力を込めた。男の指は、正代の手のひらの肉付きを確かめるように愛撫し、素早く人妻の指先の隙間に入り込んだ。

手を揉みしだかれるだけで、正代は過去に感じたことのないような感覚に襲われた。まるで、歩くことさえできないような気分だった。

「内藤さん、およしになって・・・・・・・・・」
「奥さん、もう少しだけ」
「いけません・・・・・・・・、駄目っ・・・・・・・・・・・・、ねえ、ほんとに駄目っ・・・・・・・・・・・・・」

手を握りしめられた時間は、僅かだった。ほんの一瞬だったのかもしれない。しかし、彼の行為は、正代に強い印象を与えた。駅で彼とどう別れたのかさえ、正代ははっきり覚えてはいなかった。

「いったいどうしたっていうの・・・・・・・・」

シャワーを浴びながら、正代は彼に握りしめられた手を見つめた。そして、その手にとりついた何かを洗い流そうとするように、正代は熱い湯を浴び続けた。


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