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甘い蜜(16)

2016 08 31
いったいどこに自分がいるのか、正代にはわからなかった。

感じるのは濃厚な熱と高鳴る鼓動。

そして、押し寄せてくる未知の快楽。

「あっ・・・・・・・、あっ・・・・・・・、あっ・・・・・・・・・・」

自分のものとは思えないほどの、いやらしい喘ぎ声。だが、それを奏でているのは、間違いなく自分自身だった。

激しい衝動が、下腹部から波状攻撃のように何度も襲ってくる。その度に、あられもない声をあげ、全身を震わせてしまう私。

何かにすがるように指先を動かす。汗ばんだ肌の感触。逞しい筋肉。そこにしがみつき、快楽に悶えるように爪を立てる。快楽の渦が、更に激しさを増していく。

全身がぐっしょりと濡れ、激しい収縮を覚える。

駄目っ・・・・・・・・、ああっ、もう・・・・・・・・・・・・・・・・

正代は気づく。自分が誰かに、激しく抱かれていることに。

正体のわからない男の裸体に、正代はきつくしがみついた。歯を食いしばり、懸命に快楽に耐えようとしながらも、何度も屈服し、嬌声を披露してしまう私が、そこにいる。

ああっ、駄目っ・・・・・・・・・、しないでっ・・・・・・・・・・・・・・

全身が蕩けて、消え失せてしまうような錯覚。野獣のような男の唸り声。服従を命じる声だ。支配されることの悦びを初めて覚え、全てを差し出すことに合意する私。

いけない・・・・・・・、こんなこと・・・・・・・・・・・・・

狂ったようなピストンを与えられる。手首を抑えて組み伏せられ、正代は逃げることもできなかった。

ああっ、あなた・・・・・・・・・・・・

あっ・・・・・・、ああっ、私・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最後の記憶が、夫、忠彦にすがろうとする自分の姿だった。

「正代・・・・・・・、おい、正代・・・・・・・・・・・・」
夫の声が、どこかから聞こえてくるような気がする。やがてそれは、リアルな響きと共に正代の耳に届いた。正代は気づく。夫に激しく肩を揺さぶられていることに。

「あなた・・・・・・・・・」
「正代、おい、大丈夫か?」

「えっ?・・・・・・・・・・・・・・」
「随分うなされてたぞ・・・・・・・。変な夢でも見たのか?」

「私・・・・・・・・」
正代は、寝室のベッドにいる自分自身に気付いた。

全身が汗にまみれている。鼓動もまだ高鳴っていた。枕元に置かれた時計を見ると、午前3時半を示していた。

「いったいどうしたんだ、珍しいな、お前が夢にうなされるなんて」
「そうね・・・・・、ごめんなさい、あなた・・・・・・・・・」

「変な夢でも見たのかい?」
「みたいね・・・・・・・、でも、よく覚えてないわ・・・・・・・・・・・・」

「汗だくじゃないか。熱があるわけじゃないんだろう?」
「ええ。いたって健康なはずだけど。だるくもないし」

「ならいいけどな。じゃあ、もうおとなしく寝てくれよ。俺ももう少し寝るよ」
「そうね」

忠彦は、そう言うと自分のベッドに戻り、すぐに寝息を立て始めた。正代は目を閉じたまま、しばらく横になった。そして、夫の寝息を確認した後、そっと立ち上がり、階下の台所に向かった。

冷たいミネラルウオーターを一気に飲んだ。

「いったいどうしたっていうの、私・・・・・・・・・・・・」

それは、数時間前、シャワーを浴びながら何度もつぶやいた台詞だった。

内藤との会食が、あのような淫らな夢を私に与えたのだろうか。彼の手が私に与えた、かつて味わったことのない感覚。それが、あの夢の引き金となったのだろうか。

全身を濡らしているのは汗だけではなかった。

正代は、自分自身がぐっしょりと湿っていることに気付いた。

「駄目。しっかりしなさい」

己を戒めるように、正代は小声でつぶやいた。

結局、朝まで眠ることができなかった。

眠ってしまったなら、またあの「男」に襲われるような気がしたから。

混乱を引きずったまま始まった翌日。しかし、その日、正代はいつも通りに過ごすことができた。

そんな日常が何日か続くと、やがて、正代は元の自分自身を完全に取り戻したことを確信した。内藤との食事の記憶は、過去のものとなり、冗談として受け止めることができるような気がした。

夫も、内藤のことを口にすることは一切なかった。夫の表情には、最近少し明るさが戻った気がする。内藤との関係も、あの食事が功を奏したのか、うまくいったに違いない。

「あなた、じゃ、いってらっしゃい」
「今夜は少し遅くなるかもしれないよ」

「あら、そうなの?」
「新しいゼネコンがどうしてもってうるさくてな。断り切れず、食事に行かなきゃいけない」

「わかったわ。お体、無理しないでね」
「ああ」

内藤との食事から、1か月程度が経過していた。その日も正代は、いつものように忠彦を見送った。

秋の気配が日々深まりつつある。よく晴れた一日を、正代は普段通りに過ごした。

内藤が訪れたのは、午後3時頃だった。


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