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甘い蜜(39)

2016 12 16
7月も終わろうとしている。

彼に抱かれてから1か月が経過した。

「付きまとうようなことはしませんよ。安心してください」
あの日、内藤は別れ際にそんなメッセージを残した。濡れた裸をベッドに沈めたまま、正代は彼の言葉をぼんやりと聞いていた。

「課長さんにお金をせびることもやめだ」
「・・・・・・・・・」
「奥さんを遂にものにすることができたんですからね」

彼の言葉が、正代の理性に突き刺さる。内藤の技巧に溺れ、魔性の快楽を知ってしまった自分。私は彼のものになってしまった。それは消し去ることのできない事実だった。

「会いたくなったら連絡してください」
「・・・・・・・・・・」
「そのうち、私に会いたくなるはずですよ」

自分から会うことなんかない。そう思いながらも、正代は熱く濡れた体で想像していた。我慢できず、いつの日か、自分から内藤に連絡をとってしまう姿を・・・・・。

内藤の言葉に嘘はなかった。嵐のような一日が過ぎ去った後、人妻にはいつもの日々が戻ってきた。だが、正代の体奥では、その激しい嵐がずっと続いている。

清楚で無垢な主婦。冒険をしたこともなければ、背徳な行為を犯したこともない。そんな普通の人妻だからこそ、肉体に刻み込まれた快楽からは逃げることなどできない。

彼はそれを知っていた。

躰の奥の疼きが人妻を誘い続けている。再びあの高みに導かれたい。熟れた肉体が正代の理性を揺さぶっている。

夫が妻の不貞に気づくことはなかった。

「あなた、行ってらっしゃい」
「ああ」

夫婦の距離は相変わらずだった。特別親密とは言えないが、不仲なわけでもない。この1か月、夫が妻の躰を求めることはなかった。だが、正代にはそのほうがよかった。

夫の個人的な出費も、少し落ち着いたようだ。内藤の恐喝が停止されたのだろうか。彼の言葉がどこまで本当なのかわからないが、夫からは不安が消え去ったようにも見えた。

そして、もう一つ、正代に平穏を与える出来事が近づいていた。

「もうすぐ帰ってくるな」
「そうね。再来週よ、あなた」
「早いもんだな、1年なんて」

交換留学で海外に行っていた一人娘、遥が帰ってくる。18歳になる彼女は、留学先の学校が終了してからも、帰国を延期するようにホームステイを続けてきたが、再来週遂に戻ってくることになった。

「空港にはいくんだろう、勿論」
「ええ。ネットで話すことはあっても、実際に会うのは1年振りだから。楽しみだわ」

「大きくなったんだろうな」
「もう18ですから。すっかり大人よ」

その日、正代は出勤前の夫と久しぶりに穏やかな会話を交わした。少し考えるような表情を浮かべた後、夫は妻にこう言った。

「正代、今週金曜日は空いているだろう?」
「金曜日? 特に予定はないけど、どうしたの?」

「遊園地に行かないか」
「えっ?」

突然の誘いに、思わず正代は夫を見つめた。遊園地だなんて、まさかデートでもしようとでも言うのだろうか。だが、平日だ。いったい何だろう。

「実はね、役所の土木課が郊外で進められている遊園地のプロジェクトに絡んでいてね。オープン前に家族を招待しようということになったんだ」

その遊園地のことなら、正代も少し聞いていた。街の郊外、高速のインター付近に開発された巨大な市民公園の一角に確かオープンするはずだ。

絶叫マシンなどを用意せず、敢えて昔ながらのスタイルを狙ったその遊園地は、巨大な観覧車が売りだった。プロジェクトに夫が関わっていることは、正代も何となく知っていた。

「役所の職員の家族が?」
「それほど多くは来ないとは思うけど。家族目線で遊園地の出来栄えを最終チェックしてもらおうという意味合いもある」

梅雨も明け、真夏と言っていい季節だ。そんなときに昼間から屋外の遊園地に行くなんて、気が進まないが、それでも正代に迷う必要はなかった。

別に予定はないし、気分転換にはうってつけのような気もする。内藤に抱かれてから、ずっと引きずっている悶々とした気分を少しの間だけでも忘れられるかもしれない。

「いいわ。私、行くわ」
「そうか、じゃあ、決まりだ」

仕事だと言っても、正代には夫が声をかけてくれたことが嬉しかった。少しだけ、夫との距離が近づいたような気がする。娘が帰国すれば、もっとよくなるのかもしれない。

金曜日が待ち遠しい。正代は遊園地への訪問をどこかで楽しみにしながら、何日かを過ごした。

そして、その日の朝がやってきた。

夫は役所に行ってから遊園地に向かうという。正代は出発の前、どんな装いで行くのか少し迷った。いつもとは違う1日だ。そんなことを考えるうちに、人妻はふとあの日のことを思い出した。

マンションのモデルルームに出かけたあの日も、私はこんな風に心を弾ませていた。今日は違う自分になるのだ、と。

その意志を示すように、あの日、私は彼に贈られた大胆な下着で躰を包んだ。

そのランジェリーは、彼に抱かれた記憶を封印するように、引き出しの最奥部に押し込められている。

一瞬、正代は迷った。

「何を考えているの・・・・・・・・」

平静を取り戻し、正代は控えめなベージュの下着を選択した。そして紺色をベースにしたワンピースで肢体を包み、鏡の中の自分を見つめた。

その躰が内藤に抱かれたことを、正代は改めて思い出した。


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