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目覚め(5)

2017 01 31
無意識のうちに、私は砂浜で立ち止まりました。

パラソルの下に置かれた椅子で横になる妻、そしてその傍らに立つ男性の姿を、私は二つのグラスを持ったまま見つめました。

水着姿の男は、よく日焼けした若々しい体つきの持ち主でした。50メートル程度離れていますのではっきりはしませんが、年齢は40代前半のようです。

精悍な顔つきの彼が、妻に何か話しかけています。

うとうとしながら横になっていた妻は、突然見知らぬ男に声をかけられ、随分驚いたことでしょう。

上半身を起こし、椅子に座った状態で男性を見上げています。ビキニ姿を隠すように、カーディガンをはおり、更にその上からタオルを胸元にあてています。

それは、一方的な会話でありませんでした。男の言葉に妻が何度かうなずき、言葉を返しているのがわかります。

何を話しているんだろう。

水着姿の妻が見知らぬ男性、それもトランクスタイプの水着だけを身に着けた引き締まった体つきの男性と話している光景が、私を妙な気分にさせていきます。

彼の言葉に、妻が照れたように笑いました。それは、私があまり見たことのない妻の姿でした。

私はいつしか、嫉妬心の混じった興奮の気配を感じていました。他の男の視線がプールで泳ぐ妻の肢体に注がれる様子を見た時のように。

男がそこにいたのは結局5分程度だったでしょうか。

彼がちらりと私のことを見たような気がしました。その直後、妻に何か言葉を投げかけ、彼は私がいる場所とは反対方向に砂浜を歩いていきました。

別れ際、妻は彼に向って笑顔で頭を軽く下げていました。

「ジュースを買ってきたよ、佐代子」
私はさりげない風を装って、妻にそう言いました。

「ありがとう、あなた」
ジュースを受け取り、ストローから一口飲んだ後、妻は今のことを隠すこともなく、私に教えてくれました。

「今、ホテルの方がこちらにいらっしゃったわ」
「ホテルの方?」

私には妻の言葉が少し意外でした。あの男性は、てっきり我々と同じような宿泊客の一人だと思っていたのです。

「こちらのホテルでお客様向けに体験プログラムを開講されているとおっしゃってました」
「へえ、どんなプログラムだろう」
「陶芸教室ですって」

私は、部屋で眺めた宿泊者向けのパンフレットを思い出しました。いくつかのコースが紹介されてましたが、確かに陶芸教室もそこにあった気がします。

私は、妻が珍しく興味を覚えているらしいことに気づきました。妻が何か新しいことに自分から興味を示すことは、頻繁にあるわけではありません。

一方で、妻は子供のころから絵を描くことが好きだったようで、私とは違って、芸術への関心を持ち合わせていました。

「その方に誘われたのかい?」
「ええ。よかったらどうですかって。二日間のコースって言うんですけど・・・・」

「面白そうじゃないか、佐代子。参加してみたらどうだい?」
私は、思わず妻にそう言いました。妻は何か迷っているような雰囲気だったのですから。

「あなた、でも二日間も・・・・、何だか悪いわ・・・・」
「いいさ、こっちは海釣りツアーに参加するよ。明日、明後日は昼間はそれぞれ楽しんで、夜にたっぷり一緒に過ごすっていうのはどうかな」

「いいんですか、本当に?」
「ずっとプールやビーチにいるわけにもいかないだろうし。それにせっかく佐代子が興味を持ったんだから」

私の言葉に、妻は嬉しそうに笑みを浮かべました。

ついそんなことを言ってしまいましたが、私は改めて妻を誘った彼のことを思いだしました。

明日、明後日と妻は彼に陶芸を教えてもらうのか。

他にも受講者はいるんだろうか。もしいなければ、人見知りな妻のことだ、さぞ、不安なことだろうな。それでも、彼と二人きりになれば、少しずつ親密になっていくのだろうか。

そんな想像は、私がこの旅行で気づいた感情、あの嫉妬心の入り混じった妙な興奮を一層高めるものでした。

その夜、昨日と同じレストランで夕食を済ませた私たちは、散歩をすることもなく、早い時間に部屋に戻りました。

妻は、明日のことをどこかで楽しみにしているようで、その表情には明らかに昨日とは違う色が浮かんでいます。

私は、妻の躰に昨夜以上に激しく欲情していました。

ビキニ姿の妻の記憶が、私の脳裏に刻み込まれています。裸体を惜しげもなく披露するようにプールで泳ぐ妻の姿。

砂浜のデッキチェアで横たわった妻のしなやかな肢体と美しく盛り上がった乳房。

そんな風に肌を曝け出した妻の肉体を至近距離から見つめたあの男、そして、どこか楽し気に会話を交わしていた妻。

様々な記憶が混じり合い、私をかつてないほどに興奮させていました。

シャワーを浴びる妻にそっと忍び寄ろうかとも思いましたが、かつてそんな行動に出たことのない私は、やはり勇気が出ませんでした。

シャワーから出た後の妻には、夫を誘う色香が濃く漂っていました。しかし、妻は私の秘めた欲情には全く気づいていないようです。

「そろそろ寝ようか、佐代子」
「ええ」

照明を消し、ベッドに入った私は、すぐに妻の躰に腕を伸ばしました。しかし、今夜もまた、妻は私の手をやんわりと遠ざけようとします。

「あなた、今夜は寝ましょう」
「疲れたのかい?」
「ええ。それに明日もあるし」

それが、明日からもまだ何泊もするという意味なのか、或いは陶芸教室のことを言っているのか、私にはよくわかりませんでした。

私は嫌がる妻を強引に抱くようなタイプではありません。

結局、私は昨晩と同じように妻の手を握ったまま、眠れぬ夜を過ごすことになりました。

しかし、翌日、そんな私の欲情が遂に満たされることになるのです。


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