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目覚め(21)

2017 04 04
日中、荒れていた波が少しずつ穏やかになってきたようだ。

佐代子は一人、レストランに座り、陽が沈む水平線を見つめていた。

暗くなってきた空に、いくつかの星が輝き始めている。佐代子は、このリゾートで過ごす夜も今日が最後なのだ、と改めて思った。

「お飲み物はどうされますか?」
海が見渡せる屋外スペースに座った佐代子に、一人の男性スタッフが歩み寄った。昨夜、そしてその前の夜と、この席で夫と夕食を共にしたときも世話をしてくれたスタッフだ。

「そうね、どうしようかしら・・・・」
小さな声を漏らしながら、佐代子はメニューを見つめた。美脚を完全に隠す紺色のワンピースが、夕闇によく映えている。スタッフは、美しい人妻の肢体を密かに見つめている。

普段はアルコールを口にしない佐代子。このリゾートで夫に促され、少しだけ口にしたが、今夜、その夫はここにはいない。

佐代子の肢体は午後からずっと火照っている。彼に情熱的に吸われた美唇が今でも妖しく疼き、何かを強く欲しがっていることを感じる。

こんなときにアルコールなど口にしたなら・・・・・。夜はずっと部屋で陶芸をしています、という川原の言葉が佐代子の脳裏をよぎる。

今夜、自分がどんな行動を選択してしまうのか、佐代子は想像したくはなかった。心地よい酔いと共に、人妻であることを忘れ、大胆に自分を解放してしまったなら・・・・。

「こちらのノンアルコールのカクテルをいただきます」
「かしこまりました」

若い男性スタッフはそういうと、少し名残惜しそうに佐代子を見つめた。そして爽やかな笑顔と共に言葉を続けた。

「奥様、お聞きしました。ご主人がツアーから戻れないと」
「ええ、そうなんです」

「確か明日チェックアウトでいらっしゃいますよね」
「ええ」

「最後の夜なのに残念ですね」
その言葉には、自分でよければ相手になってもいい、というニュアンスが感じられた。まだ大学生かと思われるほどの若い彼の言葉に、佐代子はしかし、悪い気はしなかった。

「もともと一人でいることが嫌いじゃないですから」
嘘ではなかった。控えめな佐代子は、自分から人と交わるようなタイプではなかった。

彼が、そんな私を見知らぬ世界へと導こうとしているだけ・・・・・・

「何かお困りのことがあれば、遠慮なくおっしゃってくださいね」
ハンサムな顔を恥ずかし気に赤くしながら、彼は佐代子をまぶしそうに見つめた。

「ありがとう。そうさせてもらうわ」

そして、佐代子はゆっくりと食事を進めた。急ぐ必要はなかった。部屋に戻っても誰もいない。一人で朝まで過ごすだけだ。

いや、朝まで一緒にいてくれるかもしれない人が、このホテルに1人だけいる。

官能の午後の記憶が、人妻を支配している。ろくろの前に置かれた椅子に座った後、彼の指先が少しずつ自分の肢体に触れてきたとき、全身を走り抜けた快感の気配。

彼の丁寧な愛撫、そして、興奮を思わせるような息遣い。彼にどうやってポロシャツを脱がされ、ホットパンツを引きずりおろされたか、佐代子は密かに想起する。

たっぷりと濡れていた私の秘所。彼の指先がそこに触れただけで、佐代子の躰は激しく震えた。指先が往復する度に奏でられた、くちゅくちゅという悩ましい音。

駄目っ・・・・・・・

下半身を裸にされ、両脚を強く広げられたときに感じた羞恥と興奮。そして、息を僅かに乱した彼があそこに与えてくれた狂おしい口づけ。

唇を閉じようとしても、漏れ出す喘ぎ声を抑えることができなかった。佐代子は思い出す。自分がどんないやらしい声を漏らしていたか。

あっ・・・・・・・・、あんっ・・・・・・・・・・・

それは、夫の前で披露したことがある息遣いとはまるで違った。もっと深く、濃厚で、そして、何かに目覚めてしまったかのような喘ぎ声。

秘所を愛してきた彼の頭を押さえつけるようにした自分。あのとき、佐代子の肉体は戸惑うほどに蕩け、快楽の渦に溺れていった。

でも、彼はそれ以上のことをしようとはしなかった。どこまでも焦らし続ける彼。佐代子はそれを感じ、そっと唇を噛んだ。

周辺はすっかり闇に包まれ、レストランの客も増えたようだ。少しずつ喧騒が広がりつつある。人妻は秘めた想像を懸命に忘れ去ろうとした。

「奥さん、今夜はお一人なんですか?」
背後からかけられたその言葉に、心の惑いに翻弄されていた佐代子がすぐに気づくことはなかった。

「ご主人は今日はどちらに?」
更に続いた言葉に、佐代子はようやく顔をあげた。声の主がテーブルの脇に立っている。そこにいるのが一人ではないことを知り、佐代子はフォークを動かす手を止めた。

「すみません、私、食事中なんですが」
テーブルを囲むように立った3人の男性は、プールでアプローチを仕掛けてきたあの連中だった。

佐代子は改めて彼らを観察した。40代と思われる男性1人に、20代後半から30代と思われる男性2人。上司と部下という構図で、やはり会社の慰安旅行か何かでここに来ているような雰囲気だった。

若い二人は昼間と同じようににやにやとしたいやらしい笑みを浮かべている。彼ら二人の遠慮ない欲情を制するように、前に立った年長の男性が丁寧に言葉を続けた。

「お一人ですか、奥様」
彼らは、夫がツアーから戻れない事情を知らない様子だった。勿論言う必要はない。佐代子は硬い表情のまま、食事を続けた。

「どうやらご主人は今夜はいらっしゃらないようですね」
「失礼ですけど、私、食事中で・・・」
「昼間のプールでの出来事のことは、ご主人はまだご存じないみたいですね」

佐代子の言葉を遮るように、彼はクールに言った。その目には、部下二人を上回るほどに強く女性を欲する光が宿っていた。

一瞬、佐代子は目の前の男に抱かれる自分を想像した。それが、人妻の余裕を僅かに奪った。

「奥様があのビキニを着てプールで別の男たちを誘っていたことを、ご主人がもし」
「私、誘ってなどいませんから・・・・・」

佐代子は相手が仕掛けた罠にはまるように、思わず声を強めた。だが、彼らは戸惑う美しい人妻の様子に、いよいよ興奮しているようだった。

「あんな姿でプールに一人でいらっしゃるだけで、十分に誘ってますよ、奥様」
「あれは・・・・」
「清楚な奥様なのに、あんな奔放な一面がおありだなんて」

昼間のアプローチとまるで同じだ。彼らの言葉は、やんわりとした脅しだった。佐代子は、プールでの自分の様子をやはり夫に知られたくはなかった。

男性を挑発するようなビキニを自分が選択した理由。それを促した彼は、今夜もまた、大胆に、自分自身を解放しなさい、と私に告げた。

だが、佐代子は自分自身を容易に捨て去ることはできなかった。人妻としての立場を守ろうとするように、佐代子は彼らの言葉を待った。

「心配しないで、奥さん。ご主人には何も言いませんから」
「・・・・・」
「もし、今夜、食事を私たちと付き合ってくれるなら」

佐代子はテーブルに一人座っていた。そこには、まるで彼らを待っていたかのように空席が3つ存在している。

「でも・・・・・」
佐代子は、一瞬、川原のことを思った。プールと同じように、彼がまた窮地に陥った私を助けに来てはくれないだろうか。

だが、レストランに彼の姿はない。周囲の客は、佐代子たちに関心を注ぐことなく、リゾート地での夕食を思い思いに楽しんでいるようだ。

「昼間助けてくれた彼のことをお探しですか?」
「・・・・・」
「残念ながら、ここにはいないようだ」

男に胸の内を見透かされていることを感じ、佐代子は更に追い詰められたことを知った。昼間、自分たちの行為をあんな風に妨げられたことで、彼らは今、一層興奮を高めているようだった。

「いいですね」
念を押すように男がもう一度言った。背後にいる若い男性2人が、ワンピースに隠された佐代子の肉付きを想像するように視線を注いでくる。

冷静に考えることができぬまま、佐代子は男たちの圧力に屈した。

「食事だけでしたら・・・・」
「やだな奥さん、食事以外に何を想像してるんですか」

3人の男たちが笑いながら椅子に座った。若い二人が佐代子の正面に並び、上司と思われる男が佐代子の隣に位置した。

彼らに呼ばれたレストランスタッフが足早にテーブルにやってくる。佐代子の世話をしてくれたあの若い青年だった。テーブルの様子が妙だと思ったのか、男たちの注文を聞く前に彼は佐代子に声をかけた。

「奥様、こちらの皆様はお連れの方たちですか?」
「君、失礼だな」

佐代子の正面に座る男性が、レストランスタッフのことを不満げに見つめる。佐代子は顔を上げ、冷静さを取り戻した口調で言った。

「ええ。こちらの皆様、同じテーブルで大丈夫ですから」
「そうですか・・・・・」

どこか納得できない表情のスタッフに対し、年配の男が高価な白ワインを注文した。戸惑う佐代子の前にやがてグラスが置かれ、澄んだアルコールが静かに注がれる。

「では、奥さんとの出会いに乾杯といこうか」
上司の声と共に、グラスが触れ合った。だが、佐代子は僅かに唇を濡らしただけで、その液体を喉に送ろうとはしなかった。

「奥さん、飲めるんでしょう、本当は」
隣に座る男が、佐代子を至近距離で見つめて言った。その手は、既に佐代子の太腿の上に置かれている。


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