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目覚め(34)

2017 06 06
「奥さん、お料理の腕前もなかなかのものですね」
ダイニングから届く声に、佐代子は答えようとはしなかった。

「奥さんもこちらに来て一緒にどうですか」
「僕たちだけで楽しむのも申し訳ないですから」

後に続く若い二人の声には、佐代子の態度を試すような気配が漂っている。それに惑わされることなく、佐代子は台所で淡々と作業を進めた。

夫が出張で不在の今日、3人の男たちが佐代子の自宅に訪れたのは夜7時過ぎだった。

会社からここにまっすぐやってきた様子の彼らは、皆上質なスーツを着ていた。それはリゾート地で見かけた姿とはまるで別の印象を佐代子に与えるものだった。

「どうぞ」
数年前に購入した建売の戸建て住宅。彼らをここに招待したのは佐代子のほうだった。

「奥さん、申し訳ないですね、無理を言ってしまって」
「いえ」

「ご主人はいらっしゃらないんですね」
「ええ」

「お戻りは?」
「明日の夕方だと思います」

「我々は明日揃って一日外回りとしてますから、それはゆっくりできそうだな」

佐代子と会話を交わすのは、全て上司格の男の役割だった。若い二人の部下は、後方で口をつぐんだまま、人妻の姿を見つめている。

秋の気配が深まっていた。南国の海とは別世界の日常。長袖のシャツに膝を隠すスカートという普段着で身を包んだ人妻。

来客をもてなすようなドレスを着ているわけではない。だが、普段の姿で振舞う人妻は、だからこそなまめかしさを漂わせていた。

明日まで、この3人はずっとここに留まるつもりなのだ。夫のいない自宅で、私はずっと彼らと一緒に過ごす。

それを想像するだけで、佐代子は体奥で様々な感情が錯綜するのを感じた。

彼らに言いたいことはいくらでもある。それは、彼らも同じようだ。だが佐代子はただ素直に彼を迎え入れ、問い詰めるようなことはしなかった。

彼らもまた、そう簡単に本性を曝け出そうとはしない。

「皆さん、お食事はまだですよね」
玄関口で立ち続ける彼らに、佐代子はそう訊いた。

「ええ。奥さんの手料理を楽しみにやってきましたよ」
「お口にあうかどうかわかりませんが、用意をしていますから」

「そうですか」
「どうぞ、お入りになってくださいな」

その言葉を聞いた3人の表情に僅かな変化が浮かんだ。それに気づくことなく、佐代子は彼らを自宅の中に招き入れ、玄関のカギを硬く閉じた。

短い廊下を歩きながら、佐代子は背後からついてくる3人の存在を感じた。強引に羽交い絞めにされ、彼らに衣服を剝ぎとられる自分を、佐代子は想像した。

だが、彼らは指一本伸ばしてくることはなかった。真摯な態度で、あくまでもゲストとして振舞いつつ、しかし、人妻の裸体を想像するかのような視線で見つめ続けてくる。

「結構なお住まいですな」
ありきたりの言葉を吐く男に、佐代子は素直に頭を下げた。

「ご主人と幸せに暮らす奥さんの姿が、あちらこちらに感じられます」
男の言葉が、どこか皮肉めいた風に聞こえてしまう。佐代子は、困惑を捨て去り、目の前のことに集中しようとした。

「狭いですが、どうぞおくつろぎになってください」

佐代子はそう言いながら、自分から彼らのもとに歩み寄った。抱きすくめられてしまう、という予感が、再び佐代子の脳裏をかすめる。

「上着を預かります」
激しく鼓動を高鳴らせていることを隠し、佐代子は上司格の男に腕を差し出した。

「すみませんね、奥さん」
スーツを脱ぎ、彼は佐代子にそれを渡した。丁寧にハンガーにそれを掛けながら、佐代子は残りの二人の上着も同じように預かった。

3人に取り囲まれるような位置に立っても、佐代子は表情を崩すことはなかった。彼らもまた、依然として欲情の気配さえも見せることはない。

試されているという感情が、佐代子の体奥に再びこみあげてくる。

「今、料理を用意しますから」
「恐縮です」
「お食事の前にお酒でもいかがですか」

人妻の言葉が、逆に彼らを試すように部屋に響いた。住宅街に位置するこの場所は、既に秋の夜と静寂に包まれている。

「何があるんですか、奥さん」
「ビールとワインを用意していますが」

あのリゾート地でのレストランの夕食の記憶に対峙するかのように、佐代子はためらうことなく彼らに言った。

「ワインですか、随分飲んでないな、そういえば」
そう言いながら、彼は部下の二人を見つめ、穏やかな笑みを浮かべた。

「じゃあワインをいただこうかな」
「かしこまりました。グラスは3つでよろしいですよね」

「奥さんはどうですか、我々と一緒に」
「私は料理がありますし、それに、自宅ではお酒は飲みませんので」

「そうですか、それは残念です」
しつこく追及することなく、彼はあっさりと佐代子を逃がした。

今交わした会話を思いだしながら、佐代子は酒の用意をした。言葉の裏側に隠された真のメッセージを、互いに探りあっていることを佐代子は感じている。

「どうぞ」
リビングのソファに腰を下ろした彼らに、佐代子はワインを提供した。

「どうも」
遠慮することもなく、彼らは佐代子からそれを受け取り、自分たちだけで乾杯をした。

台所に戻った佐代子は、一人、料理の準備を続けた。リビングから彼らの会話が何となく聞こえてくるが、佐代子はそれを聞き取ろうとはしなかった。

3人の召使になったかのような錯覚が、佐代子を包んでいる。その役割は、料理の世話をするだけではない。

これから、彼らは私に何を求めてくるのだろうか。夫のいない自宅。助けを求めても誰も来ることはない。

いや、助けを求めることなどできない。あの人たちを招待したのは私だ・・・・。

やがて食事を始めた彼らは、なおもワイングラスを手にしていた。決して同じテーブルに座ることなく、佐代子は台所に立ち続けている。

「少しぐらいいでしょう、奥さん。こちらにいらしてください」
男の声が再び響く。これ以上抗うべきではないと感じた佐代子は、水道を止めて手を拭った。

「わかりました」
狭いテーブルに座る3名が見つめる中、佐代子は静かに歩み寄った。そして、あの夜と同じように、上司格の男の隣に座った。

「奥さん、食事はまだなんでしょう」
「いえ、もう先に済ませましたから」

嘘ではなかった。佐代子は彼らと一緒の席に着くことを避けるため、夕刻に既に簡単な食事を済ませていた。

「そうですか。じゃあ、ワインをどうぞ」
「私、自宅では・・・・・」

「今夜は特別ですよ、奥さん」
「じゃあ、1杯だけ・・・・・」

男の言葉に屈するように、人妻はその要求を受け入れた。自分からワイングラスを取りに行き、再びテーブルに戻る。

既に、ワインは2本目だ。佐代子は男が注ぐ液体をグラスに受け止め、そして、3人のグラスに順にワインを注いだ。

そして、4人はグラスを鳴らした。

スカートに隠された両脚に緊張を注いだまま、佐代子は少しだけワインを舐めた。僅かな液体が、人妻の鼓動を鎮め、解放感を与えていく。

隣の男が手を伸ばしてくることを、佐代子は濃厚に想像した。リゾート地でのレストランの行為が、今夜、ここで再現されようとしている。

「緊張されてますか、奥さん」
男はしかし、あくまでも紳士として振舞った。人妻の肢体には手を伸ばそうともせず、優しくささやいてくる。

「いえ・・・・・」
少しずつ彼らの術中にはまっていくことを佐代子は感じた。隣の男に抱きすくめられ、若い男二人にいじめられることを、佐代子は想像した。

人妻を焦らすかのように、何もしてこない男たち。ワインを少しずつ喉に流していくうちに、大胆な感情が佐代子の心に芽生えてくる。そして、人妻は言った。

「約束は守っていただけるんですね」
「勿論です。奥さんが約束を守ってくれるのなら」

「・・・・・・」
「我々も普通の会社員です。恐喝で訴えられるような真似はしたくない。それに、いつまでも奥さんにまとわりつくつもりもありませんよ」

男の言葉が、佐代子に今夜の激しさを伝えるように響く。隣に座る佐代子を見つめながら、彼は続けた。

「先にお休みになっていてください、奥さん。寝室は2階ですね」
「はい・・・・・」
「我々はもう少し、ここでワインを楽しみますから」

佐代子の鼓動が、再び高鳴っている。


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