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目覚め(完)

2017 07 18
「陶芸教室は残念ながら閉鎖させていただきました」
「閉鎖?」

2月末のリゾート地には、早くも夏の気配を想像させるような明るい日差しが降り注いでいた。

プールやビーチで泳いでいる人間はさすがにまだいないようだ。それでも、何人かの滞在客が、薄手の服装でデッキチェアに寝そべっているのが見える。

単身でここを訪れた人妻の姿は、そんなシーズンオフのリゾート地に抵抗もなく溶け込んでいた。

「いつ頃、閉鎖したんでしょうか・・・・」

その回答を全く想像していなかったことを告白するように、人妻は整った顔つきをこわばらせたまま、視線を相手に投げている。

シーズンオフ、昼前のフロントデスク周辺は閑散としている。そこにいる男性スタッフの記憶は人妻にはない。

前回訪問から、半年近くが経過しようとしていた。

「つい先月のことです」
「先月ですか?」

「ええ。新年に入ってから突然閉めたいっていう要請があったんです」
「教室のほうからでしょうか」

人妻の問いにうなずきながら、彼は言葉を続けた。

「川原さんには我々も何年もお世話になりましたので、大変残念で・・・・、あっ、川原さんっていうのは」

「存じてます」

人妻は鼓動を高めながら、ホテルスタッフにはっきりとそう言った。少し強い口調に驚いたように、フロントの中の男は人妻を興味深そうに見つめた。

「失礼ですが、以前こちらに?」
「え、ええ・・・・」

「そうでしたか。今回は?」
「お部屋があれば1泊だけするつもりで来ましたが・・・・・・」

「まだシーズン前ですから、大丈夫ですよ、お部屋は今からでもご用意させていただきます」

目を輝かせるようにしてチェックインの手配を始めた彼に、人妻は少し慌てたように言った。

「私、陶芸教室に参加するのが目的でしたから・・・・」
「とおっしゃいますと・・・・・」

「もう、こちらにないのなら、ここに滞在する意味もありませんので・・・・」

人妻の言っている意味がわからないように、フロントの男は不思議そうな顔つきで彼女を見つめた。

美しい女性だった。整った顔立ちとともに、抜群のスタイルの持ち主でもあるようだ。指輪はしていないが、彼は長年の経験からその女性が人妻であることを感じ取っていた。

カーディガンを脱いだ人妻は、純白のワンピースで細い肢体を包んでいる。彼の視線は、盛り上がった人妻の胸元に注がれた。

「お一人でいらっしゃったんですね」
「ええ・・・・」

「あいにく陶芸教室は閉鎖されましたが、それでも是非1泊なさっていただければ嬉しいです。シーズンオフのリゾートもまた風情があっていいものですよ」

「そうかしら・・・・・」

夫の長期出張にあわせるように、家を飛び出してきた人妻。妻がこんな場所にまでやってきたことを、夫は勿論知らないはずだ。

明日には帰路に就かねばならない。そんな強行スケジュールを覚悟してまで、自分はなぜこの場所にやってきたというのか。

事前に電話をすることもなく、彼が必ずここにいるという確信だけで、ここにやってきた自分。

だが、彼はこの島にはもういない・・・・。

「川原さんはどこにいらっしゃったんでしょうか・・・・・・」
「えっ?」
「その・・・・、教室を閉めて、どこに行かれたのか、何かご存じないですか?」

僅かに差し迫ったような雰囲気を漂わせる人妻の気配に圧されながらも、彼は淡々とした口調で答えを返した。

「残念ですが、わたくしどもは何も」
「そうですか・・・・・」

沈んだ表情が、また妙になまめかしく、色っぽく見えてしまう。その唇が妖しく濡れ光っている。彼は股間が硬くなることを感じつつ、人妻にもう一度言った。

「せっかくここまでいらしたんですから、是非お泊まりになってください」
「・・・・・」
「料金は格安にさせていただきますよ」

そのような権限がないことを知りつつ、彼は思わずそんな言葉を吐いていた。だが、目の前の人妻は金銭で動かされるタイプの女性ではないようだった。

「少し歩かせてもらえますか?」
「えっ?」

「ホテルの中を少しだけ、歩かせてください。宿泊するかどうか、歩きながら考えてみます」
「それは是非・・・・。よろしければ私がご案内を」

「結構ですわ。一度来た場所ですから」

晩夏に訪れた時の淡い記憶を思い出しながら、人妻はホテルの中をゆっくりと歩きだした。小道を縫って歩けば、あのときと同じように鳥たちのさえずりが聞こえる。

木々の葉もやや少なくなったが、それでも青々と茂っているようにも見えた。夏の足音が、すぐそこまで近づいているのだ。

夫と過ごしたコテージタイプの部屋を過ぎ、やがて人妻は陶芸教室があった場所にまでやってきた。

そこまで歩いても、すれ違った人間は一人もいなかった。

ドアノブに手をかけた人妻は、鍵がかかっていないことを知った。そっとそこを開き、室内に足を踏み入れる。

がらんとした空間に、机や椅子、そして作業台が乱雑に置かれている。床に落ちていた陶器の破片を拾い上げ、人妻は耳を澄ませた。

ろくろの音が聞こえてくるような気がする。一人たたずんだまま、人妻は以前と同じ巨大な窓から遠方に見える砂浜に視線を投げた。

押し寄せる波。砂浜に人影はない。作業台に手を置き、人妻はそっとうつむいた。

ろくろの音が、少しずつ高まっていく。人妻は指先を台の上で僅かに震わせ、まぶたが熱くなることを感じた。

しばらくの後、人妻は窓を開け、砂浜に向かってゆっくりと歩き始めた。真夏を思わせるような強い日差しに包まれ、人妻が砂の上に足を踏み入れた時だった。

「それで船は戻れなかったのかい?」

人妻が立ったすぐわきの茂みの向こうから、男性の声がした。どうやら、その中でホテルスタッフが二人、たばこを吸いながら雑談をしているようだ。

人妻は自然とその会話を聞くことになった。男性たちには気づかれぬままで。

「戻る気になれば戻れたんだが、そもそも戻らない予定だったんだよ、初めから」

「海釣りツアーっていいながら、最初からそのシナリオだったってわけか。そして参加客もそれを知っていたと」
「全員男性客だよ。中にはここに奥さんと来ている男性もいたな」

「それは大胆だな」
「その奥さんがまた綺麗なんだよな。旦那が何してるか知らぬまま、陶芸教室に通ってたっけ」

二人が笑いあう声を、人妻は静かに聞いている。

「波が荒れて戻れないっていう設定にしておいて、ホテルで一番きれいな若手女性スタッフと大人のお楽しみって趣向か、本島で朝まで」

「男性客は3人だったかな。詳しくは言えないが、3対1で明るくなるまでたっぷり盛り上がったらしいよ。勿論、参加費用は高いし、とてもおおやけにはできないよな」

「そんなことやってたのか、ここのホテル」
「その後彼女は東京に行ったって話だけどね。噂ではツアー客の一人に強引に呼び寄せられたとか」

「じゃあ、まだ会ってるんだな、二人は」
「ああ」

履いていたサンダルを脱ぎ捨て、人妻は熱い砂の感触を楽しむように、静かに砂浜を歩き始めた。

誰も座っていないデッキチェアを見つめつつ、人妻はやがて裸足のまま、プールサイドに向かった。泳げそうな暑さだ。だが、プールサイドに何人かいる滞在客にその気はないようだった。

熱を帯びたコンクリートの感触を裸足で楽しみながら、人妻はやがてフロントデスクに戻った。

さっきと同じホテルスタッフが、そこにいた。

「1泊することにします」
「では、こちらにお名前をお書きいただけますか」

ペンを持った人妻が上半身を僅かに傾ける。彼はもう一度、人妻の豊かな谷間を見つめた。男性を挑発するような黒色のブラで、人妻の美乳は包まれていた。

「これでいいかしら」
「ありがとうございます・・・・・。佐代子さん、ですね」

彼の言葉に小さくうなずき、人妻は言葉を続けた。

「以前、ホテルから水着をいただいたんですが」
「ございますよ、今でも。少しお待ち・・・・」

「部屋に届けてもらえますか?」
「えっ?」

「シャワーを浴びたいですから」
「かしこまりました」

小さなスーツケースを持って部屋に向かう人妻の後ろ姿を見つめ、彼は更に股間を硬くさせた。

彼女が裸になり、シャワーを浴びる姿を、そして、あの挑発的なデザインのビキニだけで肢体を隠した姿を想像し、彼は息を呑んだ。

そして彼は、その水着を手にし、人妻の部屋に向かった。

佐代子という人妻と、彼は熱いシャワーの中で裸で抱き合った。流れ続けるシャワーの滴の中に人妻の涙が混じっていることに、彼が気づくことは最後までなかった。

<完>


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「目覚め」完結です。最後までご愛読いただき、本当にありがとうございました。
新作、7月25日開始予定です。引き続きよろしくお願い致します!
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