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依頼者~緑の過去(7)

2017 08 25
「午後の面談はキャンセルにしてほしいんだけど」

水曜日の朝、事務所に到着した緑は、荷物を机に置くなり、女性スタッフにそう声をかけた。

8月も終わろうとしている今日、緑は白地のシャツにストライプの入った紺色のスカートスーツという服装で肢体を包んでいる。

弁護士としての正義感と強さ、そして人妻としての魅力がたっぷりと漂ったそのルックスは、事務所スタッフにはいつも以上にまぶしく見えた。

「何か急用ですか、先生?」
「別の面談アポが、昨夜急に入ったから」

「こちらにいらっしゃるんですね」
「そうね」

「お一人ですか、面談される方は」
「ええ。そのはずだけど」

女性スタッフの一言、一言が、妙に重く聞こえてしまう。緑は会話を交わしながら、朝、家を出るときからずっと抱えている緊張を改めて知った。

金曜日に配達された封書。遠い過去から突然やってきた衝撃。緑は、夫が不在の週末、あの映像を何度も、繰り返し見た。

何度見ても、そこに繰り広げられる光景が変わることはなかった。そこには、弁護士である緑が過去に犯した汚点が、恥辱的な姿と共に記録されていた。

美人弁護士として、地元では評判になっているらしい彼女。若い頃、体を売っていたらしい。

あの映像を見つめながら、そんな噂が瞬く間に広がることを緑は想像した。

だが、緑を追いこんだのは、そんな罪の証拠だけではなかった。

ビキニの水着を剝ぎとられ、初めて男性に抱かれた自分。経験豊かであろう男性に終始リードされ、最後には淫らな嬌声をあげてしまった自分。

何があっても、それは隠し通さねばならない記録。強くそう感じながらも、緑はその映像によって激しい昂ぶりを感じずにはいられなかった。

あっ・・・・、あっ・・・・、あっ・・・・

大広間で、自分を含めた若い女性たちがあげた嬌声。

長い間、夫に抱かれていない女ざかりの肉体。男性と深く交わる若い自分の姿を見つめ、この週末の間、緑は何度も息を乱し、肢体を濡らした。

「何時頃ですか、アポは」
「・・・・・」

「先生、面談は何時なんですか?」
「えっ?」

窓を見つめる緑の背後に、女性スタッフが少しあきれた様子で立っている。緑は、我に返ったように振り向いて、彼女を見つめた。

「ごめんなさい・・・・、時間、よね」
「ええ」

「そうね、3時頃の予定だったかしら」
「先生、今週は何だか少し変ですよ」

「そうかしら・・・・・」
「月曜日から、少しお疲れみたいですけど」

「週末もずっと書類と格闘してたせいよ」
「でも、少し疲れ気味の先生って、いつも以上に色っぽく見えますけど」

「いやね、変なこと言わないで」

くすくすと笑いながら部屋を出ていくスタッフを見つめ、緑は椅子に腰を下ろした。そして、昨夜やり取りを交わしたメールをもう一度見つめた。

「頂戴した封書の件で、一度お会いしたいのですが」

緑は、あの手紙に書いてあったメアドにそんなメッセージを自分から送った。無視することは、緑にはどうしてもできなかった。

返信は、30分程度後に届いた。

「では明日午後3時、事務所にお邪魔します」

この街に住んでいる人間なのだろうか。まさか、そんなはずは・・・・。だが、そのメッセージには、緑の事務所を熟知し、至近距離からいつも観察しているような雰囲気が漂っていた。

いったい誰なのか、緑には確信が持てなかった。自分を抱いたあの男性自身なのか。その知人か、もしくは・・・・。

映像や写真を持っているということは、あの男性グループの中の誰かなのだろう。

いずれにせよ、今日の午後、それははっきりする。

午前中、緑はほとんど仕事が手につかなかった。パソコンの画面を、或いは印刷された書類を見つめても、緑の脳裏にはあの映像がよぎった。

大胆に脚を広げられ、激しく男性に挿入されて喘ぎ続ける自分。何度も首を振り、初めて知る衝撃に耐えながら、僅かに快楽の気配を漂わせていた自分。

美しい裸身は、20年経った今でも変わりない。熟れた肉付きを備えた肢体は、ただ細身というだけではなく、あの頃にはなかった濃厚な色気をも伴っている。

この人妻を一度でいいからいじめてやりたい。そんなことを密かに想像した依頼者、検察、警察関係の男性たちが数多く存在することに、緑は気づいていない。

時間の経過は重く、遅かった。緊張と高鳴る鼓動を感じながら、緑はその日の午前を過ごし、そして、午後を迎えた。

2名の若い女性スタッフは、緑が窮地に立たされていることに、勿論気づいていない。

それぞれの机で、彼女たちは淡々と仕事を進めている。彼女たちにあの映像の存在を知られることを想像し、緑は更に緊張を高めた。

やがて、壁に設置されたデジタル時計が、午後2時50分を示した。事務所最奥に位置する自室で、緑はしばらく前から外の風景を見つめている。

この事務所が入っているビルに近づく人物を、緑は密かに観察していた。この男性だろうか。いや、こちらかもしれない・・・・。

だが、彼は緑に気付かれることなく、この事務所に現れた。

「先生、依頼者の方がいらっしゃいましたよ」
「えっ?・・・・」
「面談ルームでお待ちいただいてます」

そう告げる女性スタッフが、何か言いたげなことに、緑は気づいた。彼女は、緑の心の揺れを巧みに感じ取り、言葉を続けた。

「一度いらっしゃった方ですよね」
彼女の言っている意味が、緑にはよくわからなかった。

一度ここに来たことがある人?

「少し前、金曜日の午後に」

彼女はなおも何か言ったようだったが、緑はそれを聞こうとはしなかった。緑の体奥で、いろんなものが弾け、全てが繋がり合った。

「何も出さなくていいわ」
「えっ?」

「麦茶も何もいらないから。今日は。大切な話だから、部屋には絶対に入ってこないでね」
「わかりました」

少し戸惑った様子で立ち去るスタッフを見つめ、緑は唇を噛んだ。そして、硬い表情のまま面談室に向かい、ドアを開けた。

「どうも」
後藤という名の銀行員が、そこに座っていた。眼鏡をかけていない彼を見て、緑は知った。

先日、彼と面談した時に抱いた感覚。過去にこの男と会ったことがあるのでは、というあの感覚は、間違いではなかったのだ。

18年前、私を抱いた男性。私を女にした男性が、目の前にいた。

「緑先生、すぐにわかりました」
暑い中、先日と同じようにスーツ姿の彼は、目の前に座った緑の肢体を見つめながら、そう漏らした。

「フリーペーパーで緑先生の写真を見たとき、すぐに、です。あっ、あの時の彼女だって」
「・・・・・」
「まさかこの街にいるなんて。驚きました」

それは、緑自身が言いたい科白だった。落ち着いた様子の彼を見つめ、緑は思い出した。

不倫相手である若い女性行員が、彼のベッドでのテクニックに溺れて、別れようとしないことを。

そして、彼が帰り際にささやいた言葉。「先生、一度私と試してみませんか」。

「あの映像はずっと持ってました」
「・・・・・・」

「結婚した後も、捨てるわけにはいきませんでした。あれは最高の思い出の一つですから」
「・・・・・」

「いい女になりましたね、緑先生」
狭い部屋の中で僅かに近づいてくるような雰囲気を見せる彼に、緑は冷静な口調で言った。

「35歳というのは嘘ですね」
「実際は42歳。緑先生より4つ年上です。すぐに思い出されるのもどうかと、先日は年齢をごまかしてしまいました」

「何がお望みですか、後藤さん」
「・・・・・」

「お金でしょうか」
緑の言葉に、彼は少しばかりの笑みを浮かべた。馬鹿にしないでくれ、とでも言いたげな微笑み。銀行員であることを証明するような微笑みだ。

「お金には別に困っていませんよ」
「だったら・・・・・」

「緑先生、おわかりでしょう」
「・・・・・・」

テーブルの下で、彼の足が動いた。タイトスカートから伸びる緑の生脚の隙間をこじあけるように、そのつま先が動いた。

「先生に教えてあげたいんです」
「・・・・・・」
「18年経って、私がどれぐらい上達したのか」

机の下で意味深にうごく彼のつま先を感じながら、緑は懸命に両脚に力を込めた。


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