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人妻のパスポート~脱がされる裕子(1)

2008 11 01

「当機は定刻通り成田国際空港を離陸し、現在、順調に高度を上げ続けております。機体が安定するまでは、どうかそのままお席にお座りくださいますよう、お願いいたします・・・」


まだ若々しいフライトアテンダントの声であるが、その口調は落ち着いたものであった。日本語でのアナウンスに少し安心しつつ、裕子は緊張気味に座席に着いたまま、前方のシートベルト着用のサイン灯を見つめていた。


窓の下、先程までは成田空港周辺の緑が確認できたが、それもつかの間、一目でそれとわかる見事な海岸線を示す九十九里が見えたと思えば、いつの間にか、機体は太平洋上へと飛び出していた。


日本時間夕方発のフライト。行き先は米国アトランタ。到着予定時刻は、現地時間で午後2時40分。フライト時間は約12時間という恐ろしく長い旅だ。


「12時間って、半日じゃないの・・・・・・」

夕暮れの気配が濃く、外はもう薄暗い。何にも構わないといった様子で、雲の中をぐんぐんと突き進む機体が、時折激しく揺れる。そんなことをしても何の意味もないことを知っていながら、裕子は思わず座席の肘掛を、汗ばんだ手のひらでぎゅっと握り締める。


エコノミークラスの狭い席だ。窓際のその座席に、裕子は早く機体が安定することを祈りながら、固まった状態で座っていた。


何といっても、久しぶりの海外旅行なのだ。飛行機に乗るのだって、何年ぶりだろう。少なくとも、一人息子の寛治を出産してからはない。ということは、グアム、そしてロタ島という、一風変わった新婚旅行に行ったとき以来か・・・・・。だとしたら、もう10年も前のことだ。


「もう、何で私がこんな飛行機に乗ってるの?・・・。高所恐怖症なんだよね、私・・・・・・」

機体が揺れるたび、心臓を高鳴らせながら、裕子はそんな愚痴をまた一人、心の中でつぶやいてみた。


小学校の校舎なら2階以上は駄目、マンションの吹き抜けなんてもってのほか、歩道橋は一休さんのように真ん中を渡る、という、超がつくほどの高所恐怖症の裕子は、飛行機もまた、苦手なのである。


といっても、飛行機が怖いというのは、高所恐怖症と直接繋がりがあるわけではない。飛行機の場合、あまりにも高度がありすぎるので、別にいいわよといった気分である。ただ、機体が揺れるのがあまり好きではないのだ。


風圧で翼が吹き飛んだらどうしよう、この機長の飛び方は下手なんじゃないだろうかなどと、いかにも幼稚な考えを抱き、余計な心配をしてしまうのだ。「しばらく気圧の悪いエリアを通過します」というアナウンスは、裕子にとってはまさに悪夢以外の何物でもなかった。


そんな自分が、半日という長時間フライトを利用している。未だ、安定しない機体の中、裕子は腕時計を見た。離陸後、まだ12分しか経っていない。


「あと11時間48分か・・・・・・・」

裕子は、この旅行を自分に強く要請した夫、圭一のことを今更ながら恨めしく思い、結局はそれを受け入れた自分の判断を後悔した。


諦めたように首を少し振りながら、白いシャツにデニム、そして薄手のラフな皮ジャケットという格好で、裕子はただ椅子に座り、シートベルト着用サインが一刻も早く消えることを、祈るように見つめている。


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