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脅迫(2)

2010 03 01
その約束は、しかし、すぐに実現されることはなかった。

サッカー部の活動が忙しいとかで、涼介の都合がなかなかつかなかったのだ。9月の連休に何とか1日空くというので、志織はその日を約束を果たす日とした。

「おはようございます、志織さん」
早朝、志織の自宅へやってきた涼介は、よく日に焼けて、元気そうだった。

「ねえ、涼介君、随分背が大きくなったんじゃないの?」
電話では話したものの、彼と実際に会うのはおよそ2年ぶりのことだ。志織は涼介の頭をからかうように撫でながら、そう訊いた。

「志織さん、まだ俺が子供だと思ってるんでしょう?」
「違うの?」
「もう俺も高校生なんですよ、志織さん」

どこか幼さを残した顔ではにかみながら、涼介はそう言った。身長165センチの志織の背を、既に超しているようだ。

「涼介君、身長何センチになった?」
「173かな」

「あ~、負けた・・・・・」
「まだまだ伸びてますよ。学校で久しぶりに会うやつにも『背、伸びた?』って訊かれるくらいですから」

玄関先で会話を交わす二人のもとに、3歳になった娘、奈津美が駆け寄ってきた。後ろからは志織の夫、久雄が笑顔で追いかけてくる。

「やあ、涼介君、久しぶりだね」
「あっ、どうも、ご無沙汰してます」

「今日は志織と随分高いところまで登るそうじゃないか」
「えっ、そうなんですか?」

涼介の言葉に、皆が声をあげて笑う。この計画の発案者である志織が、涼介を見つめ、その日の計画を改めて説明した。

「入学祝いよ、涼介君。日帰りだけど、頑張って頂上まで行きましょうね。パパと奈津美も途中まで一緒に行くわ。じゃあ、早速出発しましょうか」

4人は、久雄が運転する車で目的地である登山コースを目指した。志織の自宅から、高速を使って1時間少々の距離である。

初級者から中級者向けのコースがいくつか用意されているその山を、4人は、一緒になってゆっくりとしたペースで登り始めた。

そして1時間ほど登った場所にある芝生広場に久雄と奈津美は留まることとし、志織と涼介は更に上を目指すために、本格的に歩き始めた。

順調にいけば、2時間ほどで頂上に到着する予定である。そこで昼食をとった後、下山を開始、夕刻までに再び久雄と奈津美と合流するという計画だ。

「さあ、涼介君、サッカー部で培った体力を発揮するときが来たわよ」
歩きやすくよく整備された道を歩きながら、志織は涼介にそう声をかけた。

「部活よりきつい気がするんだけどなあ・・・・・」
ここまで来たというのに、いまだに乗り気がしないような表情を見せながらも、涼介は何とか志織の後を追い、時には抜かしながら、上を目指していった。

志織にとって、本当に久しぶりの山だった。結婚直後に、久雄と一緒に歩いて以来だろうか。天候にも恵まれ、澄み切った空気に包まれながら、志織は山の魅力を再認識していた。

赤いチェック柄の長袖シャツにダークグレーのトレッキングパンツという格好の志織は、細く長身な体型がいつも以上に強調され、魅力を増したかのように見える。先を歩く涼介が時折振り返っては、そんな志織の姿をまぶしそうに見つめる。

「志織さん、俺、何だか調子が出てきましたよ」
「あら、生意気なこと言うじゃない。いいわよ、どんどん先に行って」

次第に道の勾配が急になり、細いものになっていく。周囲を遮っていた原生林が少しずつ勢力を失くしていき、代わりにふもとの景色が登山者を歓迎するように視界に飛び込んでくるようになる。

「おおっ、景色いいですね、志織さん」
「でしょう? 山に登らなきゃ見えないものだってあるんだから」

「じゃあ、ここらで一休みしますか!」
「ねえ、調子出てきたんじゃないの? お昼までに頂上に着けないわよ~」

弱音を吐く涼介であるが、体力的には全く問題なさそうであることを、志織はしっかり見抜いていた。幼かった少年がもうすっかり大人になったのだ。

「ほら、涼介君、富士山が見えるわよ」
「あっ、ほんとだ」

秋空にくっきりと浮かび上がった富士の景色を眺めながら、二人は軽快な足取りで登り続けていった。すれ違う登山者と挨拶を交わす涼介は、すっかり山の魅力にはまっているようにも見える。

短い休憩を挟みながら、二人はやがて、周囲に何も遮るものもない場所へと導かれていった。低木、草むら、そして岩肌だけが延々と広がる向こうに、周囲の尾根が一望できる。

「うわあ、すげえなあ・・・・」
素直に感嘆の声をあげる涼介を笑顔で見つめながら、志織は道の先を指差した。

「涼介君、頂上はあそこよ」
そこから更に20分程度歩き、二人は予定より少し早めに頂上に到達することができた。休憩用の小屋があり、そこは多くの登山客で賑わっていた。

二人は小屋周辺の芝生に座って志織が持参した弁当を食べながら、360度のパノラマを楽しみ、そして涼介の高校生活についての話に花を咲かせた。

もっぱらサッカー部が中心で授業はおろそかになっているようだが、涼介は充実した生活を送っているようだ。交際相手はいないものの、言い寄ってくる女性は何人もいるらしい。

「ねえ、それ、ほんとなの、涼介君?」
「ほんとですよ。もう、どうでもいいやつばっかり、うるさくてさあ・・・・」

「あらあら、偉そうなこと言っちゃって」
どこか嬉しそうな涼介にそう言いながら、志織は何となくそんな彼がうらやましく思えたりもした。

「さてと、そろそろ行こうか、涼介君?」
「えっ、もう下りちゃうの?」

「あら、ご不満かしら」
「せっかくだからもう少し先まで行きましょうよ。まだ早いんでしょう、志織さん?」
「うん、時間は少し余裕あるけどね」

頂上から先にも、登山道は更に続いている。連なる尾根を縦走する高度なトレッキングコースで、標高も少しずつ高くなっていく。

「行きましょうよ、志織さん。時間になったら戻ればいいじゃないですか」
熱心にそう繰り返す涼介に、志織は一瞬、冷静な思考を失ってしまった。

「じゃあ、もう少しだけ行こうか、涼介君」
志織はそう答えると、もう少しだけ先へと歩いていくことにした。その判断が、幸せな人生を少しずつ狂わしていくきっかけになるとも知らずに・・・・。




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