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脅迫(3)

2010 03 01
しばらく歩いただけで、素晴らしかった眺望は再び姿を消した。道が深いブナ林に呑み込まれていったのである。

日差しは遮られ、少しばかりの涼しさを感じ始めたが、しかし相変わらず天候はいい。志織は、先を歩く涼介の背中を見つめながら歩を進めていった。

上りと下りが交互にやってくる。林の隙間から、遥か下方に沢が流れているのが時折見えるようになる。急な斜面に、志織の緊張が増していく。

「涼介君、気をつけてよ、道が細くなってきたから」
「大丈夫だよ、志織さんこそ落ちちゃ駄目だからね」
「はいはい、わかってますよ」

すっかり山に魅せられたかのような涼介を見つめ、志織はここに連れてきてよかったと、改めて思っていた。ユニークな形だが、立派な入学祝いになったはずだ。

そう満足しながらも、志織にはどこか不安な気分が存在していた。山に来て、予定とは違う行動をとるというのは、原則タブーとされていることだ。

志織は、自分の判断をかすかに後悔しながら、腕時計に目をやった。午後1時を少し回ったところだった。あと10分程度歩き続け、そこでUターンしよう。そうすれば、夕方前には余裕を持ってふもとに到着することができる。

志織が、随分と先を足早に進んでいく涼介にそれを告げようとしたときだった。

「わあっ!」
短い叫び声とともに、涼介の姿が志織の視界から突然消えた。

「涼介君!」
志織はそう叫ぶと、夢中で前方に向かって走った。

登山道の端に、一部分だけ敷き木が腐食した箇所があり、そこに足を滑らせた跡がある。志織はすぐに下を覗き、そしてもう一度叫んだ。

「涼介君!・・・・、涼介君ってば!・・・・・・」
細い木が茂る急な斜面が、ずっと下方まで続いている。草はほとんど生えておらず、土が剥き出しになっている。涼介の姿は、志織にすぐに確認できなかった。

「涼介君!・・・・、涼介君、返事して!・・・・・」
高まる不安に包まれながら、志織は何度も叫び続けた。そして、しばらくの沈黙の後、涼介の声が、ようやく志織のもとに届いた。

「いてえ・・・・・・」
「涼介君、ねえ、大丈夫なの!?」

「志織さん、すいません、滑っちゃいました・・・・・」
その声の様子から、志織には涼介が随分下方にまで滑り落ちたことがわかった。

「ちょっと待ってなさい。すぐに私がいくから!」
「大丈夫ですよ、俺、何とか登りますから・・・・」

「駄目っ! いいからそこでじっとしてて!」
志織は覚悟を決め、一歩足を踏み出した。急な斜面であり、荷物を背負いながら歩いていくには、相当に厳しい状況だった。

しかし、そんなことに構っている余裕はなかった。志織は危険を感じながらも、涼介が滑落した跡をたどりながら、強引に斜面を下り始めた。

時折、ぬかるんだ土のせいで志織の肢体がずるずると滑り落ちる。それを利用するように、志織は少しずつ下へ移動し、そしてようやく涼介の姿を視界に捉えた。

「涼介君、大丈夫!?」
全身を細かい木や草、そして土で汚した涼介が、斜面が緩やかになったスペースに座っている。

「ごめんなさい、志織さん」
「ねえ、大丈夫なの、涼介君?」
涼介の顔を心配そうに見つめ、志織はそうたずねた。

「調子に乗って急いでたら、つい滑っちゃって・・・・」
「もう・・・・、バカな子ねえ・・・・・」

座り込む涼介を抱きしめながら、志織は涙声でそう言った。緊張が一気に緩んだかのように、志織はしばらくの間、涙を止めることができなかった。

「ごめんね、涼介君、私がちゃんとしてなきゃ駄目なのに・・・・」
「志織さんのせいじゃないですよ。こっちに行こうって言ったのは俺のほうなんだから」

そう励ましてくる涼介のことを見つめ、志織は彼の顔についた泥を拭ってやった。

「ねえ、ほんとに怪我はないの、涼介君?」
「大丈夫だって。すこしすりむいた程度だから・・・・。でもそれよりさ、志織さん・・・・」

「何?」
「ここからどうやって帰るんだろう、俺たち・・・・」

涼介が無事であったことに安堵した志織は、これから先のことを一瞬忘れていた。だが、涼介が不安に思っているように、ここからふもとに戻ることを考えなければならないのだ。

「そうね、確かに困ったわ・・・・・」
志織は自分が滑り降りてきた斜面を見上げながら、そうつぶやいた。荷物を背負ったまま、ここを再び上っていくことはかなりリスクが高そうだ。再び更に下方にまで二人揃って滑落してしまう可能性だってある。

「ちょっと待ってね、涼介君・・・・」
志織は荷物から地図を取り出し、改めて自分達がいる場所の見当をつけた。

「ここにもう一本、トレッキングコースがありそうだわ」
地図を指差し、志織は涼介にそう教えた。それは、二人が歩いていた道のはるか下方を、並行するように走る道だった。

そこを歩けば、二人が昼食をとったあの頂上に戻ることができそうだ。2つの道は地図で見る限り、それほど距離は離れておらず、滑り落ちた長さを考えれば、すぐにも見つかりそうだった。

「涼介君、もう少し下に行きましょう。そうすれば別の道に出られると思うわ」
「よし、わかったよ」

「大丈夫、立ち上がることできる?」
志織は涼介に手を差し伸べて、そう言った。黙ってうなずきながら立ち上がった涼介の手を、志織はしっかりと握った。

「今度滑り落ちたら私が引っ張ってあげるからね」
どこか照れたような涼介を見つめて、志織はそう言った。そして二人は、手を繋いだまま、更に斜面を下方へと伝っていくことにした。

斜度は少しずつ緩やかになり、歩くことに支障はなくなってきた。しかし、目指す道はなかなか二人の前に姿を見せることはなかった。10分、20分と歩き続けても、一向に道がある気配はなく、延々と細い木が茂る林が続くだけだ。

周囲に人の気配など、勿論ない。快適だったはずの静けさが、少しずつ心の平静を揺らしてくるかのように感じられる。

「おかしいわね・・・・」
不安を感じ始めた志織がそうつぶやいた直後、涼介がぽつりと言った。

「志織さん、やばい、雨ですよ」
「えっ?・・・・」

空の様子が急変したことに、志織はその瞬間まで気づいていなかった。上空を見上げた志織の頬に、大粒の雨がぽつぽつと落ちてきた。



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