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脅迫(4)

2010 03 01
あれほどに晴れ上がっていた空に、いつしか、どす黒い雨雲が広がり始めている。

自分がそれに気づかなかったという事実を、志織は受け止めることができなかった。涼介を助け、懸命に道を探していく過程で、彼女は冷静さを失っていた。

「涼介君、急ごう・・・・」
「うん」

二人はなだらかな斜面の林を滑りおりるように、どんどん下方へと進んでいった。しかし、行く手を阻むかのように、木々の枝が二人の邪魔をする。

空から落ちてくる雨粒の量が、急速に増えてきた。生い茂る葉をものともせず、地面に激しく叩きつけられる雨音が、志織の耳に不吉な響きを届けてくる。

「涼介君、雨がっぱは持ってきたよね」
「うん、と言っても、安っぽいやつだけど・・・・・」
「いいわ。とにかくそれを着て」

志織は平らなスペースを見つけて立ち止まると、背負った荷物から自らのレインウェアを取り出した。素早くそれを身につけると、涼介が着るのを手伝ってやった。

その瞬間、一気に雨脚が強まった。ごうっ、という音とともに、大粒の雨が二人に襲い掛かってくる。地面はぬかるみ、更に滑りやすくなっていく。

志織は腕時計を見た。既に午後3時をまわっている。予定していたスケジュールが大幅に狂うことは明らかだ。不安に駆られ、志織は携帯電話に手を伸ばした。

「ちょっと遅れそうってこと連絡するわ・・・・」
そうつぶやきながら、志織は久雄に電話をしようと試みた。だが、予想外の展開が志織を待っていた。

「えっ、どうして・・・・・・」
電話が全く繋がらないのである。画面表示を見ると、アンテナマークが示されておらず、「圏外」との文字がはっきりと浮かび上がっている。

志織はそれを全く予想していなかった。ある程度標高が高い場所とはいえ、それほどの秘境に足を踏み入れているわけではない。現在の携帯電話網を考えれば、まず間違いなく繋がるはずなのだ。

「どうしたの、志織さん?」
「電話が繋がらないの・・・・」

舌打ちをしながら、志織は場所を少し移動し、何度もトライしてみた。しかし、結果は同じだった。そうこうしているうちに、雨脚は更に強まってくる。

「志織さん、もう俺、びしょ濡れだよ・・・・・」
本格的なものではなく、ウインドブレーカーとでも言えるようなレインウェアしか用意してこなかった涼介が、困惑したようにそう訴えてくる。

志織自身、上下に分かれたレインウェアを着ているにも関わらず、水滴が素肌にまで達してくるのを感じていた。冷たい感触が、下着の中にまで侵入してくる。

「涼介君、どこか、休める場所を探しましょう・・・・・」
とてもそんな場所があるとは思えなかったが、志織はそう言うと、涼介の手を引き、ゆっくりと横方向に歩き始めた。

「涼介君、気をつけて・・・・・」
「うん・・・・・」

時折滑りそうになる涼介の手を握り締めながら、志織は先へと進んだ。既に、前方もはっきりと確認できないほどの雨の強さになっている。

周囲には、それほど高くない木々が延々と生い茂っている。それ以上歩き続けることは、体力を消耗するだけのようだった。志織は足を止め、荷物を地面に置いた。

「涼介君、雨が止むまでここにいましょう・・・・」
「わかった・・・・・」

体力は有り余っているが、涼介は精神的に少し参っているようだった。やはり道からの滑落のショックがまだ残っているのかもしれない。

「さあ、涼介君、私のそばにきて・・・・・」
志織は上半身に着ていたレインウェアのボタンを外し、荷物の上にしゃがみこんだ涼介の頭に、その半分をかぶせるような仕草を示した。

「いいよ、志織さんが濡れちゃうじゃないですか・・・・・」
「いいから早く。風邪ひいちゃうわよ・・・・・」

志織のレインウェアを一緒にかぶるような格好で、二人はその場に座り込んだ。強まる雨脚とあわせるように、上空は完全に黒い雨雲に包み込まれていた。

「ねえ志織さん、こんなに雨降るなんて、天気予報で言ってましたっけ?」
「そうね・・・・、特に夕立の可能性もないようだったけど・・・・・」

志織がそうつぶやくのと同時に、突然周囲に閃光が走った。そして、数秒後、ゴロゴロという低く、長い雷鳴が二人を包み込んだ。

「うわっ、雷だ・・・・・・」
「心配しないで、涼介君、すぐに止むはずだから・・・・・」

落雷を防げるような避難小屋などあるわけもない。だが、周囲には落雷のリスクがありそうな高木や建物はなさそうだ。低い木々が生えるこのエリアに、ともかくこうして低い姿勢で座り続けるしかない。

全身に雨の重さを感じながら、志織はじっとそこに座り続けた。娘の奈津美が雨に濡れてなければいいが、と志織はふもとで待つ家族のことを想った。

雷雲が少しずつ近づいてくる。稲妻の発生する頻度が高まり、雷鳴も次第に大きく、激しいものに転化していく。互いの声も聞けないほどに、雨が激しくなる。

会話を交わすこともできず、二人はただその場に寄り添って座り続けた。手を握り合ったまま、濡れた体を温めあうかのように、志織は涼介の体を抱きしめた。

涼介の体のたくましさに、志織は改めて気づかされた。いつの間にか、これほどに立派な青年に成長していたのだ。だが、筋肉の目立つ体格とは裏腹に、どこか子供のように雷に怯えている様子が、志織の緊張を僅かに和らげた。

「大丈夫、涼介君?・・・・・」
「雷苦手なんですよ、俺・・・・・・」
「大丈夫よ、落ちたりなんかしないから・・・・」

その瞬間、それまでにはないような閃光が二人の周囲を走った。そして、直後に爆発音にも似たような、短くも激しい雷鳴が響き渡った。

恐怖と不安に襲われながら、志織は涼介の体を更に強く引き寄せた。彼の腕がレインウェアの下の志織の肢体に絡みつき、しっかりと抱きしめてくる。

このまま動けなくなったらどうなってしまうのか・・・・・

自分がしっかりしていなくては、という責任感が、ふと途切れてしまったかのように、志織の瞳に涙が浮かぶ。助けを請うように、志織は涼介の胸に顔を埋めた。

雷雲は全く弱まる気配はなかった。次々に新たな雲が発生するのか、それは延々と二人を襲い続けた。その山に更に留まり続けることを強制するかのように・・・・。




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