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脅迫(6)

2010 03 01
志織の叫びに対し、灯りの主は何の反応を示すこともなかった。しかし、それは確実に二人のいる場所に近づいてくるようだった。

暗闇の中に光るその小さな灯りまで、いったいどれほどの距離があるのだろうか。ゆらゆらと宙を漂い続けるその光が、志織には唯一の希望のように思えた。

「誰か!・・・・・、誰か、助けてくださいっ!・・・・・・・・」
しゃがみこんだ涼介の隣で立ち上がり、志織は懸命にそう叫び、手元の懐中電灯を振った。すると、ようやく遠方からの声が二人の場所に届いた。

「今行くから!・・・・・、落ち着いて待ってなさい!・・・・・・」
それは、冷静さを感じさせる男性の声だった。志織は深い安堵に包まれ、再び涼介の隣に座り込んだ。

「涼介君・・・・・、よかった、誰か来るわ・・・・・・」
「そうだね・・・・。でも、よくこんな夜に歩いててくれたなあ・・・・・」
「ひょっとして私たちを探しにきたのかもしれないわね・・・・・」

久雄が捜索の手を早々に回してくれたのかもしれない。自らの未熟さを恥じながらも、そのときの志織はその助けにすがらずにはいられなかった。

小さかった光がぐんぐんと大きく、はっきりしたものになり、やがて、男の姿が志織の視界にもぼんやりと確認できるようになった。

捜索隊というわけではなさそうだ。偶然にこの場を通りがかった本格的な登山者らしい。男は慌てることなく、一定のペースで接近し、そして二人のもとにたどり着いた。

「どうしました、こんな場所で?」
女性である志織、そしてまだあどけなさが残る高校生という組み合わせは、男にとって少し意外なものだったらしい。彼は親身な口調でそう訊いた。

「すいません、日帰りのトレッキングをしているうちに迷ってしまって・・・・」
志織は手短に、ここまでの経緯を男に説明した。時間に余裕があったため登山を延長したこと、涼介の滑落、そして雷雨との遭遇。

「そうですか、それは大変でしたね」
男は心配そうな視線を志織と涼介に交互に投げながら、そう言った。がっちりとした体格で長身の彼は、30代半ばから後半であろうか。

「あの雷雨はかなり激しかったですからね。体力を消耗したでしょう」
「ええ・・・・、何とか頂上に戻ろうとしてここまで来たんですけど・・・・・」

志織は、自分達が昼食をとった頂上の名前を口にして、男にそう説明した。しかし、彼の反応は志織たちが予想していたものではなかった。

「逆方向ですよ、その頂上は・・・・」
「えっ?」

「今お二人が進んでる方向は、その頂上からどんどんと離れようとしているんです。更に標高の高い、別の峰を目指す道ですよ、これは」

「そんな・・・・・・」
志織はそれを信じることができなかった。いったいどこで勘違いしたというのか。涼介と一緒に林の斜面を延々と下り、雷雨をやり過ごしているうちに、方向感覚を失ってしまったのだろうか。

「この辺りはもう、携帯も繋がらない場所ですからね」
志織の戸惑いを見透かすように、男はそう言った。だが、その口調にはどこまでも親切な匂いが漂っていた。

下山する方向とは全く逆に進んでいたことを知り、志織はもうどうすべきかわからなくなってしまった。少なくとも、今日中に戻れないことは明らかだ。

「ここからではお二人とも下山することは難しいな。この暗闇の中、もう歩き続けることもできないでしょう」
「いったいどうすれば・・・・・」

男は、迷う様子を見せることはなかった。こんな風に山中で遭難しかけている登山者に遭遇することには慣れているとでも言うように、彼は明るい口調で言った。

「もう少し先に避難小屋があるんですよ。そこまで私と一緒に行きませんか」
「避難小屋、ですか?」

「ええ。古いですが、なかなかしっかりした小屋なんです。実は私も今夜はそこを利用しようと思っていましてね」
「そうなんですか・・・・・」

「そこで一晩休んだ後、明日になって下山すればいいでしょう。ご家族がご心配されるかもしれませんが、無謀な賭けに出るよりも、今夜はそうしたほうがいい」

どこにも深刻さを感じさせない男の朗らかな声色は、志織に希望を与えてくれるものだった。その提案を拒否する必要など、どこにもなかった。

「そうしていただけると、本当にありがたいです・・・・」
「僕のほうは全然問題ないですよ。さあ、そうと決まれば、急ぎましょう」

男はそう言うと、座り込んでいた志織に手を差し伸べた。再び気力が回復してきたことを感じながら、志織は彼の手を握り、すっくと立ち上がった。

「君は大丈夫かい? おや、随分濡れてるなあ・・・」
「大丈夫です。歩けますよ」

涼介はそう答えると、力強く立ち上がり、荷物を背負った。周囲を完全な闇に包まれた3人は、懐中電灯の灯りで互いの表情を確認しあった。

「よし、じゃあ、行きますか」
「はい」

男を先頭にして、3人は暗闇の中を再び歩き始めた。既に何度もここを歩いたことを示すように、男の足取りは軽快で、不安を感じさせないものだった。

標高が更に高くなったのか、空気が冷たさを増してきたような気がする。周囲には遮るものは何もない。昼間であれば相当に景色がいいことだろう。

30分ほど歩き続けた後、男は立ちどまり、前方に灯りを投げながら志織たちに声をかけた。

「さあ着きましたよ。あれが避難小屋です」
闇の中、それはぼんやりと輪郭を示していた。そこに不吉な予感は全くなかった。志織は、この男に会うことができた幸運に感謝しながら、その建物に近づいていった。



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Comment
いつも楽しみで読ませて頂いてます。

誰が 誰を脅迫するのか…
色んな妄想しています。

そして、これからこの小屋でいったい何が起こるのか…
長い夜が始まるのですね。
ドキドキ…。

頑張ってかいてくださいね。
ネルさん
コメント、嬉しいです。そうですね、小屋でいったい何が起こるんでしょう。私自身、楽しみなんです。頑張って書きますね。

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