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脅迫(7)

2010 03 01
「そうですか、高校の合格祝いでの登山ですか」
「ええ、もう半年近く遅くなってしまったんですが・・・・」

避難小屋の中は、想像していた以上に広く、そして清潔に整えられていた。そこには3人の他に誰もいなかったが、志織は確かな安堵に改めて包まれていた。

男は小屋の中を見てまわり、そして一夜を過ごすための準備を手際よく始めた。携帯用のバーナーコンロを部屋の中央に設置し、それに火をつける。

荷物から透明な袋を取り出し、その中の水を鍋に注ぐ。火でそれを熱しながら、天井にランタンを吊るす。室内は十分すぎるほどの明るさに包まれた。

「まだ服が濡れているでしょう。弱いですが、これで温まってください」
男はそう言いながら、志織と涼介にコンロの側に近寄るように促した。板敷きの上にじかに座り、志織は久しぶりに感じる熱に手をかざした。

「こんなものしかないですが、よかったらどうぞ」
男はいくつかの缶詰、そして箱に入った栄養菓子を二人に差し出した。

「そんな・・・・、申し訳ないです・・・・・」
「いいんですよ、遠慮しなくたって。お昼から何も食べてないんでしょう?」

「え、ええ・・・・・」
「明日のためにも、少しでも口にしておいたほうがいいですよ」

男の口調には、おしつけがましいものは少しも感じられず、どこまでも親身で、そして登山に精通していることを感じさせる、信頼できるものだった。

「志織さん、少しだけもらいましょうよ」
素直な様子でそれに手を伸ばそうとする涼介を見ながら、男は朗らかに笑った。そして、志織に向かって、遠慮なく食べるように視線を投げた。

「じゃあ、いただきます・・・・」
「どうぞ、どうぞ」

二人の様子を安心したように見つめながら、男は沸かしたお湯でレトルトのライスを用意した。それを分け合いながら、3人は互いの簡単な自己紹介をした。

志織と涼介が遠い親戚関係であること、そして涼介の高校合格の記念に、志織が今回の登山を企画したことを聞いて、男はどこか嬉しそうに笑った。

「涼介君も山が好きになっただろう、最初からこんな経験ができて」
からかうように涼介に声をかけながら、男は自分自身のことを手短に話した。

赤木と名乗るその男は、都内のコンサルティング会社に勤務するサラリーマンとのことだった。年齢は39歳で、若い頃から登山が趣味らしい。今回は1泊の予定で単独でこの山に入ったのだと説明した。

「この小屋で泊まる予定だったんですか?」
興味深そうに質問する志織に対し、赤木は丁寧な口調で答えた。

「最初はどこかにテントを張ろうかと考えていたんですけどね。思ったよりも歩けたから、じゃあ、この小屋までって、途中で予定を変更したんです。暗い山道を星を眺めながら歩くのが昔から好きで、今日もちょうどそうやって歩いていたところです」

「そっか・・・、そこで僕達を拾ってくれたんだ・・・・・」
「はは、まさか途中に誰かいるなんてね。私も少し驚きましたよ」

3人はコンロを囲むようにしながら、床に座り、話を続けた。空腹感が僅かながら癒され、体温も少しずつ回復してきたようだ。志織は冷静な気分を取り戻し、再び久雄と奈津美のことを思い出した。

「それは奥様もご心配ですね・・・・」
家族についての志織の話を聞き、赤木は深刻な表情でそう答えた。

「せめて電話ができればいいんですけど・・・・・」
「この辺りは未だに圏外なんですよね。しかし、何か手はないかな・・・・」

赤木が考え込む様子を見つめながら、志織はふもとの様子を想像していた。恐らく、夫は今頃警察に連絡し、捜索の手配をしているに違いない。

「夜に捜索することなんてあるんでしょうか?」
この暗闇の中、久雄と奈津美が警察と一緒になって、山中を歩き回っている様子を志織は思い浮かべた。

「そうですね。ケースバイケースですが、今ぐらいの季節なら、それもあり得るかもしれません。それほどの危険はないですからね・・・・・」

赤木は包みを開けたチョコレートを志織に差し出しながら、そうつぶやいた。そして、自らの科白を心の中で反芻するような気配を漂わせ、言葉を続けた。

「奥さん、ひょっとしてご主人が山の中を探し回っているかもしれませんよ」
「えっ?」

「いや、よくあるんですよ。大げさにはしたくないから警察には言わずに自分で探そうとして、いつしか夜の山に迷い込んでしまうというケースが・・・・・」

久雄の性格なら、それはあり得なくもなさそうだった。まだ明るいうちに山を登り始め、いつしかこの暗闇に包まれるような事態が起こっているのかもしれない。

「お嬢さんは何歳なんですか?」
「まだ3歳です・・・・・」

志織の言葉が終わらないうちに、赤木はその場に立ち上がった。そして脱いでいた分厚いフリース風のジャケットを手に取り、志織を見つめた。

「念のため、少し周辺を探してきますよ」
「でも・・・・・・」

赤木の突然の提案に戸惑いながら、志織は腕時計を見つめた。既に午後10時をまわっている。このような時間から、彼は再び外に行くというのだろうか。

「大丈夫ですよ。辺りの道は熟知してますから。少し先まで行って、捜索しているような人間がいないか確認してきます。涼介君、奥さんと一緒に待っていられるね?」

「あっ、はい・・・・・」
「ちょうどスープが食べごろだよ。一緒にそれを食べて温まっていなさい」

鍋の中には、赤木が先ほどから調理を始めていたトマト風味の簡単なスープが煮立っている。それを目で示しながら、赤木は出発の準備をした。

「じゃあ、少しばかり見てきます」
ドアを開け、再び暗闇の中に姿を消した赤木を見送った後、志織は涼介のことを見つめた。

「何だか悪いことしてしまったわ・・・・・」
「ほんと、どこまでも親切な人だね」

涼介はあまり深刻な様子もせず、軽い調子でそう言うと、鍋の中のスープを小皿にとり、志織に差し出した。深みのあるいい香りが、室内に漂い始める。

「さあ、志織さん、これを食べて待ってようよ」
「え、ええ・・・・・」

熱いそのスープは、一度は冷えた二人の体を、完全に回復させるものだった。涼介も、寒気からはすっかり解放されたようだ。

「このスープ、すげえうまいや、志織さん」
「ほんと」

赤木のことをどこかで心配しながらも、二人はそのスープをたっぷりと堪能した。そして、満足したように、床の上に皿を置いた。

泥のように深い睡魔が二人を襲ったのは、それからすぐのことだった・・・・。



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